阿蘇に計画する「みんなの家」を巡り、活発な議論と国際交流が展開
九州と海外の学生を対象とした実施コンペ
2014年11月29日(土)、熊本県庁において、「くまもとアートポリス 2014 アジア国際シンポジウム」が開催された。
「くまもとアートポリス」は、1988年よりスタートした熊本県のプロジェクト。建築や都市計画を通して文化の向上や地域活性化を図ることを目的とし、これまで数多くの建物が県内に建てられてきた。竣工した建物は80以上あり、日本建築学会作品選奨を受賞した「宇土小学校」をはじめ、建築界において高い評価を得ている作品が多い。
設計者は、コンペで決められるが、その決定にはコミッショナーが大きな権限を持っている。初代コミッショナーは磯崎新氏、第2代が高橋てい一氏、そして現在の第3代を伊東豊雄氏が務めている。
今回のシンポジウムでは、「アジア国際学生設計コンペテション」が行われ、九州の学生28チームに加え、海外部門として、タイ、インドネシア、台湾、中国、韓国の5カ国5大学も参加した。
課題は、「阿蘇にたつ<みんなの家>を付設する温泉リハビリテーション施設」で、敷地は熊本県阿蘇市の医療法人社団坂梨会が運営する介護老人保健施設「愛・ライフ内牧」。そこにリハビリテーションスペースと温泉入浴施設を有する別棟「みんなの家」を建てるための基本設計を競い合う。
当初はコミッショナーの伊東豊雄氏、審査員の桂英明氏(熊本大学大学院准教授)、末廣香織氏(九州大学大学院准教授)、曽我部昌史氏(神奈川大学教授)4名により、最優秀賞1点(国内部門、海外部門各1点)を選出する予定であったが、伊東豊雄氏が体調不良により欠席となったため、国内部門と海外部門から優秀賞2点を選ぶことになった。
ただし、最優秀賞については、今回の審査の映像を後日、伊東豊雄氏が視聴し、改めて決定することとなる。
-
- 会場となった熊本県庁。プロムナードの銀杏も色づき、秋の深まりを感じさせた。
-
- 熊本県庁の地下大会議室が公開審査の会場となった。九州限定のコンペテションとはいえ、多くの人が訪れていた。
英語によるハイレベルなプレゼンを披露した海外チーム
午前中に1次審査が行われ、国内部門28チームがプレゼンテーションと質疑応答を行った。各チーム短い持ち時間であったが、実施コンペということもあり、既存施設のリサーチに基づいた案を提示。施設入居者だけでなく、地域住民の方々に開いた施設を目指す計画が多く見られた。
午後には、海外部門5チームのプレゼンと質疑応答が行われた。「木漏れ日」や「お米」などをキーワードに、日本の文化を取り入れたハイレベルな提案内容もさることながら、堂々とした英語によるプレゼンが、日本の学生のプレゼンと比べ際立っていた。
■【海外チーム】
チュラーロンコーン大学(タイ) | 「Walk the Line,TalkThe Line」 |
ガジャマダ大学(インドネシア) | 「“Growing House”成長する家」 |
国立交通大学(台湾) | 「Komorebi Bark House」 |
同済大学(中国) | 「A tadpole」 |
延世大学(韓国) | 「IN-BETWEEN HOUSE/あいだのいえ」 |
海外部門に続き、国内部門で2次審査に進んだ5作品のプレゼンと質疑応答が行われた。 2次審査に進んだのは下記の5作品。
■【1次審査通過国内チーム】
熊本大学 | 「3つの屋根のみんなの家」 |
九州大学D | 「丘に集う」 |
九州大学E | 「かぎかっこの家」 |
佐賀大学 | 「Take Place-生起する場所、中間領域の提案-」 |
佐賀大学 | 「足湯でつながる『みんなの家』」 |
午前中の1次審査でも作品に対する質疑応答は行われており、その時に提案内容に関する審査員の疑問は解消されたということで、2次審査では質疑応答に替わり会場に出席されていた施主(坂梨会)へのアピールがなされた。「(選ばれたら)研究室のプロジェクトにしたい」「修士課程を修了したら九州に残る可能性が高いので、腰を据えて取り組みたい」など、責任を感じさせる意思表明を行っていた。
-
- 審査員の桂英明氏
(熊本大学大学院准教授)
-
- 審査員の末廣香織氏
(九州大学大学院准教授)
-
- 審査員の曽我部昌史氏
(神奈川大学教授)
- 1次審査も公開で、国内チームの全ての応募者がプレゼンした
-
- 海外チームの面々。母国語ではないが、質疑応答も英語で答えていた。
-
- 審査員の質問に答える国内チームの佐賀大学。
出会いとアクティビティが生まれる4作品が優秀賞に
3人の審査員による選考を経て、国内部門、海外部門から下記の2作品が優秀賞に輝いた。
■海外部門
ガジャマダ大学(インドネシア)「“Growing House”成長する家」
中心に配置した「みんなの家」へのアクセス方法の分析から、5つの方向を見出し、それに沿って矩形の5つの室を設けた。室はそれぞれ「ふれあいの家」「回復の家」「会食の家」「安らぎの家」「休憩の家」と機能が分かれている。また屋根は、阿蘇市の象徴でもある阿蘇山をモチーフにしたユニークな形状となっている。
延世大学(韓国)「IN-BETWEEN HOUSE/あいだのいえ」
誰にとっても家と感じられるような空間を目指した提案。縁側という、古くから日本の家にある要素を、温泉施設とリハビリ施設の間に配置することで、多くの人を取り込む計画にした。縁側として設けた“間”の空間には、運動をしたり団欒したりという、豊かな活動が生まれている。
■国内部門
九州大学D「丘に集う」
造成により2つの丘をつくることで、水害時の避難場所とするとともに、それぞれの丘にリハビリ施設と足湯の施設を設ける。足湯を求めて丘に人が集まってくるとともに、丘を下って中庭を散策する一連の流れができる。屋根は2つの丘をつなげるように架け、それが丘を一体的にしている。屋根の真ん中に空いた大きなトップライトからは、2つの丘の間の谷に光が降り注ぎ、豊かな空間を創出している。
佐賀大学「Take Place-生起する場所、中間領域の提案-」
「占有する」という語源から「起こる」という意味を持つようになった「take place」をキーワードにし、居住者や管理者、地域の方など、人と人の間に介在する中間領域を設定し、新たな活動が生起する空間を目指した。みんなの家は広場の中央に配置し、各所室をつなげる回廊空間に濃淡を設け、その空間が重なる部分で活動が生まれるようにした。縦方向に走る中間領域は中へと人を引き込み、かつ外へと人を誘い出す機能を持っている。
優秀賞発表後に、表彰式が行われた。優秀賞各2作品の他に、国内・海外3作品ずつ審査員特別賞が贈られた。また、表彰式にはスペシャルゲストとして熊本県のゆるキャラ「くまもん」が登場。会場の日本人だけでなく、海外の来場者からも喜ばれていた。
なお、冒頭に記したように、最優秀賞は後日、コミッショナーである伊東氏が講評会の映像を見たうえで選出する。
-
- 各チームのプレゼンと質疑応答が終了した後、「くまもん」が登場。熊本県ではアイドル的存在で、会場が一気に盛り上がりを見せた。
-
- 海外部門優秀賞を獲得したインドネシアのガジャマダ大学
-
- 海外部門優秀賞を獲得した韓国の延世大学
-
- 国内部門優秀賞を獲得した佐賀大学
-
- 国内部門最優秀賞を獲得した九州大学Dチーム
建築は形ではなく中身
審査会の後は審査員3名と、坂本顕子氏(熊本市現代美術館 主任学芸員)、アリ・セリグマン(モナシュ大学アートデザインアーキテクチャー 建築学部副学部長)、そして、海外部門に参加したガジャマダ大学(インドネシア)の指導教員・イカプトラ氏、延世大学(韓国)の指導教員・ムンギュー・チョイ氏によるシンポジウムが行われた。テーマは「アジアとつながる」で、モデレーターは審査員の曽我部氏が務めた。
まず、アリ・セリグマン氏による「くまもとアートポリス」に関するプレゼンが行われ、「くまもとアートポリス」が経済効果だけではなく、文化的な効果や地域社会を外に開いていく効果を熊本県に与えているということが、詳細なデータとともに語られた。
次に、坂本氏によるプレゼンが行われ、アーティストが老人福祉施設に訪問し、入居者とともに行うワークショップが、リハビリにつながっている事例を紹介。建物だけでなく、その建物で行われる活動や使い方も含め、建築を考えていくことの重要性が語られた。
2人のプレゼン後、各パネリストにより「くまもとアートポリス」の意義や今後の方向性、アジア各国との交流について話し合われた。シンポジウムの後半には、桂氏の「建築は形ではなく、中身だなと思い知らされた」というコメントに対して会場から拍手があがった。「建築をつくる際には、住人や地域の人、また来訪者がどのように使い、彼ら自身の手で生活を豊かなものにしていくか」を考えて、計画・設計していくべきという認識を、国内だけでなく海外の人も含め共有した瞬間であった。参加した国内・海外の学生たちは、今回のシンポジウムで互いに刺激し合い、大きなものを得たに違いない。
-
- シンポジウムでプレゼンを行ったアリ・セリグマン氏と坂本顕子氏
-
- シンポジウムのパネリストを務めた、ガジャマダ大学(インドネシア)の指導教員・イカプトラ氏
-
- シンポジウムのパネリストを務めた、延世大学(韓国)の指導教員・ムンギュー・チョイ氏
-
- コンペテションの後は、会場を移して懇親会が行われた。海外チームも参加し、和やかな雰囲気の中、国際交流が行われた
-
- 懇親会で挨拶をする総合資格学院の仲代氏。国内における建築士および技術者の不足を訴えた
-
- 海外チームはそれぞれ自国から持ってきたお土産を披露した。写真はタイのチュラーロンコーン大学。お土産にはトムヤンクンのプリッツがあった
名称 |
くまもとアートポリス 2014 アジア国際シンポジウム |
---|---|
開催日 | 2014年11月29日(土) |
会場 |
熊本県庁 |
コミッショナー | 伊東豊雄氏 |
コミッショナー | 伊東豊雄氏
審査委員
|
特別協賛 |
(株)総合資格 |