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Monthly FACE 〜極める人々〜

中島信也さん(CMディレクター)

Profile

1959年福岡県生まれ、大阪育ち。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、82年に東北新社入社。翌年にTVCM演出家としてデビュー。日清カップヌードル「hungry?」、タケダ「アリナミンV」、サントリー「伊右衛門」「DAKARA」「燃焼系アミノ式」、HONDA「Step WGN」、資生堂「マキアージュ」などヒットCMを数多く手がける。現在は、母校である武蔵野美術大学のほか、広告の学校などで教壇にも立つ。

東北新社HP

CMディレクターは「建築士+大工の棟梁」?

マンモスを追いかける原始人の映像が一世を風靡した日清カップヌードル「hungry?」のCMで、カンヌ国際広告フェスティバルのグランプリを受賞。 延々と宙返りを繰り返す少女や、腕の力だけで垂直に棒を登っていくサラリーマンが話題になったサントリー「燃焼系アミノ式」のCMで、全日本シーエム放送連盟(ACC)賞グランプリを受賞。
数々の名作TVCMの演出を手がけ、日本の広告界きってのヒットメーカーと呼ばれるCMディレクターが、中島信也さんです。

「僕の仕事を建築業で例えると、設計を手がける建築士兼、大工を束ねる棟梁といったところでしょうか。 広告主である企業と広告代理店との間でCMのプランが固まると、われわれ東北新社のような制作会社のプロデューサーに連絡が来ます。このプロデューサーは、予算や日程、スタッフのマネージメントを行う立場。そのプロデューサーから私に、演出の依頼がくるわけですが、この電話を受け取る時が、僕の動物的な嗅覚で『獲物だ!』と感じる瞬間ですね(笑)」

依頼を受けて、まず中島さんが取りかかるのは、設計図にあたる「演出(絵)コンテ」づくり。そのプランが秒数や予算などの条件面から見て実現可能かどうかに加え、「視聴者からの目線」を最優先に考えて、映像の構成やテイストを練るといいます。

中島さんの絵コンテ

「CMが家づくりと違うのは、施主にあたる広告主の満足ではなく、『それを観る100万人がどう思うか』がゴールである点です。だから楳図かずおさんの『まことちゃんハウス』のCM版ではダメ。お茶の間の人の心を動かす工夫を盛り込んだ絵コンテをもとに、大工にあたる撮影スタッフを動かして、映像を作っています」

「心はロックミュージシャン」の数奇なさすらい人生

映像の演出だけでなく、時には挿入歌の作詞・作曲までこなす中島さん。24歳で演出家として独り立ちした後、最初に評価されたCMも、オペラやミュージカルなど音楽を題材にした作品でした。2008年には、タケダ「アリナミンV」のCMでテーマ曲になった斎藤和義さんの曲『やぁ無情』の“♪ どんなに頑張ってみても どんなに愛しても…♪”というサビの歌詞を書いたことで、作詞家として日本レコード大賞に輝くという、異色の経歴の持ち主でもあります。学生時代から変わらないという音楽への愛が、中島さんの作風にも色濃く反映されているのでしょう。

「つい最近まで、自分はロックミュージシャンだと思ってましたから。」

「学生時代はロックと山登り、恋愛、あとは芸術祭実行委員長をやっただけで、勉強はしていませんでした。美大予備校の講師のアルバイトでそこそこ稼いでいたので、就職するつもりもなかったんです。しかし借りがあった友だちに『(就職試験を)受けろ』と言われ、行きがかり上、広告代理店のデザイナー職を受けたら、とんとん拍子に進んで。とある事情で、結局その会社は選考途中で辞退せざるを得なかったんですが、お断りに行くと、僕のプレゼンテーションを見てくれた人から『中島君はCMに進むべきだ』と言われましてね。紹介されて、東北新社に入ったわけです。何をしている会社かもよくわからずに(笑)」


入社後に配属されたのは、現場でドロまみれになりながらプロデューサーの“使いっぱしり”をするプロダクションマネージャーの仕事。CM制作の面白さが徐々に分かり始め、ゆくゆくはプロデューサーを目指そうと目標が固まりかけたころ、またも中島さんに転機が訪れます。

「『中島君、そんなところにいたらダメじゃないか。君はディレクターになるんだよ』と言う人が現れましてね。また何の予備知識もなく部署を移り、師匠についてCM演出の手伝いを始めることになったんです」

「人から言われて」「気がついたら」の転機を重ね、行きついたというCMディレクター。しかしこの「心を開いて人の話を聞く」ことこそが、中島さんの成功の秘けつなのかもしれません。

「僕は天才ではありません。知識もなく、才能もない人間が与えられた場で何かをやるには、人にお願いするしかない。『この仕事でだれを幸せにするべきなのか』をよく考えて、コミュニケーション能力を磨くしかないんです。今年でディレクターになって26年目ですが、いまだに自分の商品価値というものがよくわかりません。ただ、人の話をよく聞いて期待に応え、喜ばれたらうれしい。だから仕事を続けているんでしょうね」

“感情表現”に開眼した「冬ソナ事件」

中島信也さん(CMディレクター) 中島さんの代表作のひとつ、サントリー「伊右衛門」のCMは、清々しい和の風情とともに、仕事一徹の夫を優しいまなざしでけなげに支える妻の姿が印象的。こういったしっとりとした感情表現豊かなCMを演出するにあたって、中島さんのターニングポイントになったのが、なんとあの韓国ドラマ『冬のソナタ』だったといいます。

「それまで僕は、ノリが良くて笑いがある“ポップなキッチュ路線”が売りでした。ビンの中から魔人を出す役目というか(笑)。役者さんを動かして、感情表現をさせるのなんか自分には無理だと思っていましたしね。
でもある時、大貫卓也さんというアートディレクターから『冬ソナを観ていないなんて、演出家としておかしい』と勧められ、試しに観てみたんです。そしたら、面白すぎて、止められない(笑)。なぜ面白いのかを考えたら、やっぱり役者さんの感情表現なんですね。
『役者って、言葉にならない思いを表情やしぐさで伝えられる動物なんだ。それを引き出す役目が監督なんだ!』
と気づいたわけです。その後、初めて演出したのが伊右衛門でした」


佐藤江梨子演じる女の子が、いなくなった彼を追想して、横断歩道で泣き崩れるユニクロ「ワイドレッグジーンズ」のCM。♪本日 私は ふられました♪ という中島さん作詞の挿入歌も胸にグッとくる、資生堂の企業CM--。 珠玉の“切な系CM”も、この発見から生み出されていったのでした。

ターニングポイントを迎えたTVCMのこれから

中島信也さん(CMディレクター) 100年に1度といわれる不況の中、変革の時期を迎えているという広告業界。中島さんはその変化をどのようにとらえているのでしょうか。

「ここへ来てようやく、本当の意味で戦後の高度経済成長が終わったように思います。また広告のあり方が、企業が上から情報を落とすマスコミュニケーションから、インターネットを活用した双方向のコミュニケーションに変わっていったことも大きな波のひとつ。これまで何もしないでも儲かっていたテレビ業界の延長線上に、CMビジネスがあったことは事実だと思います。そこは真摯に反省しなければいけません。

ただテレビのように、みんなが同じものを同時に観ているという共感性や、社会状況を伝える責任を担った“国のお墨付きメディア”としての信頼性は、ネットにはないものです。テレビはその国のカルチャーや豊かさの指標のひとつ。そこで流される情報が貧相になることは、お茶の間の人が幸せをひとつ失うことだと思うんです。 大型ショッピングセンターの安い豆腐だけでなく、商店街の豆腐屋が丹精込めて作ったおいしい豆腐を食べられることが国民の権利であるように、『やっぱりテレビはいいものが見られるよね』『TVCMって信頼できるよね』という安心材料としての情報を作るのが僕らの仕事。テレビを取り巻く環境が変わっても、『いいものは、いい。』と、言われるものをいかに残せるかが、今後の課題ですね」


商品と観る人の、そして観る人同士の“つながる気持ち”を大切にする中島さん。次はどんなCMで、私たちの心を揺さぶってくれるのか、楽しみです

(取材・文/井田奈穂)


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