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Monthly FACE 〜極める人々〜

白石麻衣さん(ドローンレーサー)

Profile

1958年生まれ、福井県出身。TVディレクター時代に行った取材で農業の環境や、農薬による健康への破壊的ダメージを知り、40歳半ばで山梨県北杜市に移住。自然農法を学びながら、自分なりの方法で農業に取り組み始める。現在は、岐阜県郡上市に再移住し、6反の畑で農業を続けながら、民間のシートバンクである「たねのがっこう」や農業スクールを主催。そのほか、年間150日間ほどは無肥料栽培セミナーや講演活動のために全国を回っている。

ある使命感から自然農法にこだわり続けた

私たちが生きていく上で欠かせないものの一つといえば、安定した食生活を支えてくれている農業。社会の変化とともに食への意識も変わっていくものですが、農薬や化学肥料に依存しない自然農法を貫き、その大切さを訴え続けているのは、無肥料栽培家で環境活動家の岡本よりたかさん。農業を通じて自身が学んだことや日本の農業の未来について語っていただきました。

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「もともとは映画関係の仕事から始まり、テレビ業界に移行してからは36歳くらいまでディレクターとして働いていました。最初は農業にまったく興味はありませんでしたが、30代前半の頃に撮ったのが、農薬中毒に関するドキュメンタリー。そこで、農薬が原因で腎臓や肝臓に障害がある生産者の方が非常に多いことを知ったことが始まりでした 」

その後、ディレクターと並行して、ITの仕事にも携わるようになった岡本さんを襲ったのは原因不明の体調不良。激務とストレスから離れるため、東京から山梨への移住を決意します。

「自分の会社を立ち上げて従業員を雇っていたこともあり、すぐに辞めることができなかったので、山梨から通いながら農業もすることに。それから3年ほどたって、42歳の頃には『農業一筋で行こう!』と思って挑戦してみましたが、破産状態にまで陥ってしまい、かなり苦労しました」

窮地に追い込まれても、自然農法にこだわり続けた岡本さん。そこにはある思いがあったからだと話します。

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「もちろん、最初に農薬の怖さを目の当たりにしていたからというのはありますが、僕のお客さんの中には化学物質過敏症の方もいて、彼らは農薬だけでなく、化学肥料を使って育てられた野菜も食べることができません。そういう方々から、『野菜を食べられるようになりました』と言われたときに、自分がこういう人たちのための野菜を作らないといけないんだという使命感に駆られました」

とはいえ、小さくて形の悪い岡本さんの野菜は売れない日々が続き、それが何よりもつらかったと振り返ります。そんな中、ある出来事が突破口となって、岡本さんの考え方が一変することに。

「実は農業を始めてから4〜5年くらいたった頃、このままでは生活ができないと感じたので、農業を諦めてITの仕事に戻ろうと東京に滞在するようになりました。そのときに、畑を完全にほったらかしにしてしまったんですが、1カ月後に畑に行ってみたところ、畑が真っ赤に見えるほどトマトがなっていたんです。それを見て、自分なりに一生懸命やってきたつもりでしたが、マニュアルやルールに縛られていただけで、野菜にとって迷惑なことばかりしていたことに気が付きました」

そのことをきっかけに、自宅の本棚にあった何十冊もの農業の本をすべて捨て、野菜に寄り添うことに重きを置くと決めた岡本さん。その過程では、新たな発見をすることも多かったのだとか。

「まずは、今までやってきたことをすべて放棄することから始めました。そして、野菜の目線になってみようと、畑に寝っ転がってみたのですが、目に入ってきたのは金属のパイプやビニールといった人工的なものばかり。そこで、自然の中で野菜がどういうふうに育ちたいと思っているかということを考えて野菜を作り始めたら、その年から野菜がものすごくよく育つようになりました。このときが僕の農業においては、本当のスタートだったと思います」

感謝されることが何よりも喜びにつながっている

大きな一歩を踏み出して以降は、自分にも野菜にも自信が持てるようになったことで、さらなるやりがいを感じられる日々を過ごしているといいます。

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「農業を始めるまでは、仕事をする中で『自分は人から何かを奪っているのではないだろうか』と悩むこともありましたが、それが今は与える生き方に変わったと自分で実感できています。僕は野菜に必要な虫や草を畑に与えることのお礼として収穫物をもらっていますが、それを食べてくださる方に与えることで今度は感謝として返してもらえるので、そのときに農業をやっていてよかったなと思います」

しかし、その一方で現在の日本の農業は自給率や種苗法改正など、いくつもの問題を抱えていると指摘。

「いまの日本の農業は、農薬も肥料もガソリンもすべて輸入に頼っているので、自給率でいえば実質ゼロのようなもの。だからこそ、これからは農薬も肥料も使わず、自家採種で行う農業をメジャーにしていかなければいけません。僕は自分たちの力だけで食物を作っていける農業こそが、本当の意味での食料安全保障だと思っています。そのためにも、農民が種を採って再生産する権利は守るべきです」

そして、消費者である私たちにもできることがあると教えてくれました。

「多くの人が『形・大きさ・値段』にこだわっていると思いますが、この状況が加速すると、 いずれ皆さんの食べる物がなくなってしまう可能性があります。そうならないためには、多少形が悪くても、値段が少し高かったとしても、自然農法で自家採種して野菜を作っているの人たちに目を向けて、買い支えて欲しいのです。まずは消費者である皆さんの価値観を変えていただくことが重要だと思います」

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さらに民間のシートバンク「たねのがっこう」の主催や講演など、幅広く活動を続けていく中で今後も伝えていきたい思いがあると訴えます。

「今は仕事ができないことにストレスを感じることもあると思いますが、つまりそれは食べ物が手に入らなくなるという不安。でも、もし自分で食べ物を生み出せる力があれば、何も怖がる必要はないですよね? 僕もお金がないときには不安に陥りましたが、種を持っていたことによって、食べ物がなくならない安心感を得られました。僕は皆さんに家庭菜園をはじめとする自給農を勧めていますが、種をまいたり、種を採ったりする経験は、心の安定や生き方の変革にもつながるので、これからもそういったことを伝える活動を続けていきたいです」

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