
シンガーソングライター“村上ゆき”さん。彼女の歌声を耳にすると、誰もが「どこかで聴いたことがあるような気がする」と不思議な感覚に陥るといいます。澄み切った彼女の歌声が記憶のどこかに残っている…その理由は、現在O.A中の「SHARP AQUOUS」や「積水ハウス」の企業CMをはじめ、数々のCMソングを手掛けているから。村上さんは、名コピーライターとして知られる一倉宏氏に“おとなのCMソングNo.1歌姫”と言わしめるほどの人物なのです。彼女の歌声とサウンドが、耳の肥えたクリエーターから信頼され、愛される、その秘密は、いったいどこにあるのでしょうか。
「CMソングを作る上での私の仕事は、制作に携わるクリエーターやスタッフの考えを汲んで、彼らのリクエストに応えて音を出すこと。いつも、『あなたのイメージする音を出します』というスタンスで取り組んでいます。様々な人の意見を取り入れながら作り上げる…一人だけで作っているのではない、という点が自分の曲を制作する過程とは異なる点ですね。」
「CMソングの制作にあたっては、なにがなんでも自分の音を聴いて欲しい、と“自我”を出し過ぎないところが肝心だと思っています。例えて言えば “ぬり絵”でしょうか。自分だけで全ての色を塗って完成させてしまうのはなくて、他の人たちが色を着けられる“余地”を残しておくことが必要だと思っています。それが、『この人は、こんな色を塗るんだ!』という驚きとともに、自分だけでは決して作ることができなかった“新たな作品の魅力”の発見につながっています。」

“ぬり絵”の白い部分には、村上さんが予想さえしていなかった色を塗られることもあるといいます。アーティストとして、それがストレスにならないのかと尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。
「確かに、絶対にここは“青”だと予想していた部分に、思いもよらず“赤”を塗られるような経験もあります。普段から、こだわる部分には徹底的にこだわる性分なので、自分の意に反することがあれば、やはり落ち込んだりもします。しかし、それをストレスに感じたことは一度もありません。例えて言うなら、私の感情の動きは水槽の中をたおやかに泳ぐ“マンボウ”。ドンと壁にぶつかると、そのまま進行方向を変えて、さっきと同じように進んでいく。壁にぶち当たる衝撃は大きいけれど、いつの間にか方向転換している…そんな感じですね。」
そんな柔軟な性格はどのように培われたのでしょうかと聞くと、笑いながらこう話してくれました。
「私の母、何かに怒って電話をしてきたので『何があったの?』と尋ねると、『何だっけ?』と電話をした瞬間に怒りを忘れているなんてことがしばしば。そんな母の血をひいたんでしょうか(笑)」
「自分とは異なる意見を持つ人達と仕事をする醍醐味は、独りよがりに仕事をしていたのでは、決して気付けなかった“新しい自分”を発見してもらえることにあります。他人の意見を取り入れながら変わる自分に、今まで決して気付くことのなかった自分自身の可能性を見出すことも。」
「他の人に“新しい自分を探して”と頼るなんて、他力本願ですよね(笑)」という村上さんですが、他人から見た自分を受け入れる、その柔軟な姿勢をこう表現してくれました。
「私には、いつでも変わる準備ができている。」

何故、そこまで柔軟でいられるのか?その秘密を紐解いて行くと、ひたすら“普通”に憧れていたという彼女の幼少時代にたどり着きました。
「ミュージシャンである父は、当時にしては珍しく“偏見のないオープンな人”。そんな父に育てられたせいか、私も小さな頃から何かに先入観を持つことのない素直な子どもでした。しかし、先入観がない故に、自分は他の人とは違うのかと考えさせられるような経験や傷つく出来事が多かったのも事実。単純な事で言うと、そう、たくさんのお菓子の中から好きなものを選んでいいと言われて、一番不味そうなものを選んでしまう…みたいな(笑)」
「好きでそれを選んだのですが、子どもながらに『貧乏くじを引いてしまうのは、何故だろう?』と悩むこともしばしば。いつも、『普通になれれば、変わるのかな』『でも、普通っていったいどういうことなんだろう?』と、ひたすら“普通”を追い求めていた気がします。」
「“普通を追い求める”つまり“みんなだったらどう思うのか?”を追求してきたことが、自分が絶対でないという考えや、他人の意見を柔軟に取り入れることにつながっています。自分は人と違うのかと悩み続けてきたことが、結果的に、この仕事にぴったりとハマった要因なのかもしれません。
」
自分って普通じゃないかも…音大に入学すると、そんな不安も吹き飛んだといいます。『周囲は一風変わった子ばっかりで、私って案外フツーじゃんって(笑)』子どもの頃からの悩みを、自分自身の“武器”に変える、そんな彼女の“強さ”が感じられたお話でした。

他人の意見を聞き入れるだけで、数々のCMソングに起用されるわけではありません。人知れない彼女の努力もまた、現在の地位を築き上げる要因となっているのです。
「今の仕事には、自ら“就いた”といよりも、“見つけだしてもらった”という気持ちが大きいですね。この仕事を始めた当時は、せっかく選んでもらったのだから、稚拙ではあるけれど、精一杯やれることをしておきたいというのが正直な気持ちでした。1回のチャンスをものに出来たのも、その頑張りのおかげかな。出来うることを出し切ろうという在り方は、今も同じ。相手が求めているものよりも、いいものを出してやろうという気持ちを常に抱いていますね。」
また、他人の意見の取り入れ方にも、彼女ならではのセンスやカンの良さが感じられます。
「もっと高い声で」と言われた場合、その言葉の本質がどこにあるのかと考えます。『ああ、きっとここには、明るい雰囲気が欲しいんだな』『では、高い声でなくとも、声の出し方を変えることで、それが表現できるはず』というような。」
他人の気持ちを理解する能力にも長けている人であることが良く分かりるお話です。最後に、村上さん自身のエゴが出るような音楽はどこで奏でられているのですか?と伺うと。
「買い物に行く途中、自転車に乗りながら、歌う“鼻歌”かな。思いついた歌詞を意味もなく歌っているだけだから、他の人には決して聞かせられない。その聞かせられないトコロに喜びを感じているんですが(笑)」
「好きな音楽をやるということと、音楽で生計を立てるということは、全く別次元のものだと私は思います。これを両立できたらどんなに幸せだろうと思いながら長年葛藤してきました。でもその悩みの向こう側はいつも未知の世界。今よりもっと好きなれる『音楽』や『人』との出会いがあるかもしれません。だからやめられないのです。音楽も葛藤も。」
プロとして音楽をやっていくことは、自分のしたい音ばかりを出していくことではないという明確な立場がうかがえます。
周囲に笑いをもたらすような発言の後には、しっかりとした意見をさらりと言ってのける。柔軟さの裏側に隠された、芯の強さ。さまざまな人の意見を取り入れられる懐の深さがあるのは、しっかりとした信念を胸に抱いているからに違いないと感じさえられるインタビューとなりました。
(取材・文/小林未佳)