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  • 本記事は2012年7月31日掲載の記事となります。

齢50にして歩み始めた新たな道 「日本の良さ」を切り取る作家

小出 蒐さん (切り絵作家)

小出 蒐さん (切り絵作家)

Profile

1949年生まれ、新潟県出身。切り絵作家として数々の作品を発表しているほか、切り絵による小説の挿 絵や日本酒のパッケージ、飲食店の内装などを手掛けている。

作品集『小出蒐 切り絵の世界・琥珀艶の光と影―日本の風俗美』が発売中。

切り絵を通して伝える「日本の良さ」

作品画像1

サラリーマンから転身し、50歳にして歩み始めた切り絵作家への道。 新たな道に進んで10年以上経った現在では、大胆さと繊細さを兼ね備えた線の描写が評価され、全国展開する居酒屋チェーン店では100店舗以上の内装に作品が使用されているほか、都内の一部のASA(朝日新聞販売所)が配布するカレンダーの制作なども手掛けています。
作品のテーマは、昨年発刊した作品集のサブタイトルにもなっている「琥珀艶(こはくえん)の光と影―日本の風俗美」。 「琥珀のように変わることのない、日本の美しさや原風景を表現したい」と小出さんは話します。

「現在の日本は西洋への憧れを強く持っていますが、もっと自分が住む国に目を向けて、日本人であることに誇りを持ってほしいと思います。日本人が本来持っている『凛とした強さや美しさ』は、すばらしいものですから。色あせぬ輝きを放つ琥珀のように、時代を超えて受け継いでいってほしいという思いを込めて、作品のテーマには『琥珀』という言葉を使っています」

今年の5月には、海外では初となる個展をニューヨークの「日本ギャラリー(日本クラブ内)」で開催。「日本の美しさ・原風景」を表現した作品は現地の人たちにも受け入れられ、好評を博しました。

「日本は、“作者の画歴”や“師匠・流派”などにとらわれがちな人が少なくない。対して、海外は『いいものはいい』というスタンスで、純粋な“作品”の評価をしてくれるので、展示をして自分の作品の評価を見てみたかったんです。結果としては、行ってみて良かったですね。現地の人々の反応からは手応えを感じることができましたし、新しい作品のヒントを得ることもできました」

「第二の人生、道楽じゃない」

作品画像2
小出さんが切り絵を始めたのは、40代後半で目にした切り絵作家・宮田雅之さんの作品がきっかけ。紙を切り取ることによって描かれる“線”の美しさに魅せられ、「自分がやりたいのはこれだ!」という直感に突き動かされたといいます。
当時、女性ファッション関連の会社で、マーチャンダイザーとして商品計画やディスプレイづくりを担当していた小出さんは「いずれは切り絵作家として生きていくんだ」と決意。
それからは、会社に勤めるかたわら独学で作品づくりに励み、出版社や企業に売り込みするなど、「第二の人生」へ向けて走り始めます。

「定年後を飛行機の離陸に例えるなら、それに至るまでの“滑走路”が必要。エンジンの回転がいい、若い内に走り始めなければと考えていました。定年してから『第二の人生』を始めようと思っても、それでは趣味で終わってしまう。どうせやるなら本気でやって、その道で食べていきたいと思いました」

そうして、50歳の時に会社を退職。切り絵作家としての本格的な活動を始め、今に至ります。
独学で切り絵を学んできた小出さんの作品の魅力は「迫力のあるダイナミックさ」と「繊細かつ流れるような滑らかさ」を兼ね備えた、“生きた線”の描写です。
そして、特徴的なのが鮮やかな色使いや画面の構図。その理由を次のように話します。

「ファッション業界で学んだ、商品展開における色使いや、売り場のレイアウトづくりなどが作品に生きているのだと思います。作品をつくる時には『どのように目線を集めるか』ということを意識し、1枚の作品としての計算した構図をつくっています」

弱点を克服して、常に進化していく

作品画像3

純粋な切り絵作品の発表のほかに、切り絵による小説の挿絵や日本酒のパッケージ、飲食店の内装などを手掛けるなど、幅広い活躍を見せる小出さん。
しかし、50代でデビューしたこともあって、当時、周囲からは「これから隠居するっていう直前なのに、わざわざ大変な道を選ばなくても……」という声もあったといいます。

「『なに言ってんだ、これからだよ人生は』と思いましたね。そのために会社に勤めながら独学で切り絵を学んでいたわけですし。とはいえ、60代になった今、ベストな状態で動ける時間はそう長くもないと感じています。情熱と体力は一つのものではありませんから。どれだけ作品をつくる熱意があっても、年を重ねれば重ねるほど体力は落ちていく。多少の焦りはありますね。でも、これから何十年先の計画だけはあるんです。『90歳、100歳で終わり』とすら思いたくない。長く生きてやると思うからこそ、『あれもやりたい、これもやりたい』という願望が生まれ、そのために自分がやるべきことが見えてくるんです。人はだれしも弱点がありますから、常にそれを克服して進化していかないと。人間、満足したらおしまいですよ。『山頂にまた山あり』というやつです」

そんな小出さんが「近い将来、必ずつくりたい」と話すのは、切り絵による『平家物語』の制作。同作品で描かれている、人間のはかなさや欲望などを表現したいといいます。

「作品の根底にあるのは、日本の原風景。それは、これからも変わりません。私の作品を通して、古き良き時代の日本のすばらしさや、さまざまなメッセージを後世に伝えていきたい。それが切り絵作家としての、私の役目だと思っています」


(取材・文/石川裕二)