中島健太さん(画家)
- 本記事は2022年11月30日掲載の記事となります。
プロというのは、やる気が出るのを 待つのではなく自分で出すもの
客観性と情熱の両方を 持って表現を続けていきたい
中島健太さん(画家 )

Profile
1984年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学造形学部油絵学科に進学した後、大学3年でプロデビュー。
繊細で洗練された高い技術と人間味溢れる温かな作風が評価され、これまでに制作した700点を超える作品の全てが完売している。2021年には著書「完売画家」を出版し、好評を博す。
現在は、情報番組のコメンテーターやドラマの絵画担当を務めるなど、多岐にわたって活躍。
人生は一度きりだから、自分のやりたいことをしたかった

日本では芸術で生きていくのは難しいとされる中、手掛ける作品全てが売れる“完売画家”として 美術界で第一線を走っている中島健太さん。
学生時代はアメフトに没頭していたものの、高校で進路指導を受けたことをきっかけに美大への進学を決意。
とはいえ、当初は美術の先生としてのんびり生きていければいいかなという思いからだったと振り返ります。
「学校一というよりもクラスで一番絵がうまいくらいのレベルで、美術系の予備校に通い始めたのも高校3年生になってから。
キャリアのスタートとしては、決して早い方ではなかったので、そこで世の中には天才的な人がたくさんいることを知って驚きました。
そんな中、僕が美術の道に進んでよかったなと思ったのは、『人と同じことをするな』と言われた時。
それまでは人と同じことをするように教えられてきましたが、団体行動よりも個人で突き詰める方が自分の生き方に合っていると感じました」
その後、大学3年生にして異例のプロデビュー。SNSが盛んな現在は学生をしながらプロとして活動する人も増えたそうですが、当時ではレアなケースだったといいます。
「美術は資格のない世界なので、自己申告制みたいなところがありますが、僕の中でプロ意識が芽生えたのは、最初に自分の作品が売れた時です。それまで1円にもならなかった作品がある日突然銀座のギャラリーに飾られて値札が付き、お金を渡された時は衝撃でした」

「もともとは写実画の技術はあっても何を描くかに対して無頓着な作家が多いと感じていたのと、自分が欲しい絵がなくて描き始めたものでした。当時は、若い作家で美しい女性をうまく描けるコンペティターが他にはおらず、美人画というジャンルがいわゆる“ブルー・オーシャン”だったので実力以上に環境に恵まれたのは大きかったです。もちろん一流の方々にモデルをお願いするのはハードルが高いですが、そこに至ろうとする努力をしないのであれば、それは作り手としてのモチベーションが低い証拠。その思考であれば、いい作品を生み出すことはできないと思っています」
プロとして生きて行くことに対して強い覚悟を決めたきっかけとなったのは、大学1年の時に他界した父親の影響もあったと明かします。
「経済的にも大学に通い続けられるかわからない状況だったので、教職の資格を取るよりも在学中にプロになった方がいいと考えました。大学での4年間は、ひたすら絵を描き続けていたため、大学生らしい思い出は一つもありません。ただ、圧倒的な才能があったわけではないので、誰よりも絵を描いていたという自信がプロでもやっていけるという根拠のない自信につながっていた気がしています。あとは、40代半ばで出家して楽しそうに過ごしていた父の姿から『人生は一度きり』そして『人はいつ死ぬかは誰にもわからない』と実感し、自分もやりたいことをしようと思うようになりました」
壁があっても、壊すほどのエネルギーがあれば何でも成功する
これまでに700点を超える作品を精力的に生み出している中島さんですが、気になるのは創作活動を続ける上で意識していることについて。
「スランプに陥るのはうまい人だけなので、僕が悩むことはありません。自分の下手さは誰よりも自覚しているので、解決するためには練習をすればいいだけです。『気持ちが乗らない時はどうしていますか?』とよく聞かれますが、やる気で描いているうちはプロではないと思っています。プロなら納期を守らければいけませんからね。そもそもやる気はその日のモチベーションによって出るものではなくて、自分で出すもの。一番重要なのは、まず心身ともに充実していて健康であることです。ムラのないモチベーションと平均的なパフォーマンスを継続させるにも、食生活や運動には気を付けています。あとは、自分の中でルーティンを作ること。僕の場合は、絵の具をチューブから出す瞬間ですが、そんな風に自分のスイッチが入るルーティンを見つけるのはオススメです」

現在は画家としてだけでなく、幅広く活躍していますが、表現者として心掛けていることがあると付け加えます。
「意識しているのは、自分を客観視できる目線と没入する情熱を持つこと。アクセルとブレーキの両方があることがいい車の条件であるように、アーティストも精度の高いアクセルとブレーキを持っていないと高いパフォーマンスは出せないと思っています。アクセルがあっても、意外とブレーキがない人が多いですから。あとは、『自由と責任』『表現と批判』はそれぞれセットであるということ。自由の度合いが増せば責任も大きくなりますし、表現することは批判を受け入れることでもあるので、そういう感覚は常に持つようにしています」
毎日寝る前に画家として1日を終えられたことに感謝し、翌日も絵を描けることに幸せを感じると語る中島さん。天職に出会えた喜びを知っているからこそ、後進育成にも力が入ります。
「僕は自分の力だけでなく、環境のおかげでここまできたので、今度は自分がサポートしたいという気持ちでいます。特に、美術の世界では芽が出ないと種の責任にされがちですが、水や太陽や土がないと種だけでは育ちません。循環が当たり前に起こるように、美術界の意識を変えていけたらと考えています。これはどの業界にも言えることですが、やはり新規参入がないと盛り上がりませんからね」
最後に、中島さんから仕事に悩む人たちに向けて伝えたいメッセージもいただきました。
「まずは、最短距離やコストパフォーマンスを気にしないこと。壁があっても、それが壊れるまで続けるエネルギーがあれば、何をしても成功するはずです。誰しもが悔しい思いを経験しますし、どんなに恐れていても失敗する時はします。でも、そうなったら乗り越える以外の解決方法はないので、『失敗したらどうしよう』と先に考えることにあまり意味はないのかなと。ほとんどの傷は時間が癒やしてくれますが、大事なのはそこまでの時間を自分でどうコントロールしていくかだと思います。ぜひ、壁にぶつかっていくほどの情熱を持って打ち込めるものを見つけて欲しいです」