高校生のときに衝撃を受けたコントーション
涼しげな顔をしながらも、超人離れした体勢でくつろぐ女の子。その視線の先にいるのは、日本に1人しかいない、モンゴルサーカスから認定資格を授与されたコントーション指導者の、もーこさんです。

「コントーション」とは体の柔軟性の限界に挑戦し、曲線美を描き出す曲芸、または身体表現。特に盛んなモンゴルでは「曲がる芸術」と呼ばれ、国を代表する伝統文化としても親しまれています。日本における相撲に近いイメージ、といえば伝わりやすいかもしれません。
もーこさんがコントーションに魅せられたルーツは、彼女が高校生の頃までさかのぼります。「人と違うことがしたい」という理由で、高校2年生の頃に3週間ほどモンゴルへ留学したもーこさん。そこで伝統芸能として不意に目にしたのがコントーションだったのです。
「最初、民族音楽の演奏がスタートし、きれいな音色にうとうとしていたんです。そんな中、いきなりコントーションを披露されました。何も知らない状態で目の当たりにしたので、眠気も吹き飛ぶほど衝撃を受けたと同時に、コントーションにとても興味を持ちました」
これをきっかけに、高校を卒業後は大学でモンゴル語を専攻。大学在学中に再度モンゴルへ留学することになった彼女は、祖母からの「せっかく海外に行くなら、何か一芸を身に付けてきなさい」という一言を受け、こう決心しました。
「コントーションのレッスンを“受けてみよう”」─
モンゴルにおいて、コントーション教室は日本のピアノ教室同様、ポピュラーな存在。「受け入れてくれる教室はすぐに見つかるはず」と考えていた彼女でしたが、その後、考えが甘かったことを痛感させられることになるのです。
「習い事」ではなく「職業」として
およそ1カ月もの間、来る日も来る日も受け入れてくれるコントーション教室を探し歩いたもーこさん。しかし、有力な情報にすらありつけず、それどころか「頭がおかしいと思われて精神病院を紹介されたこともあった」と振り返ります。
「どうしてこんなに探してるのに見つからないの?」
そう考えたもーこさんは、モンゴルの文化に詳しい先輩を訪ね、どうにかコントーションのレッスンを受けさせてもらえる教室がないか聞いてみることに。すると、衝撃の事実を耳にするのです。
「モンゴルではプロになるために5、6歳からコントーションを始め、10 歳になる前にはお金をもらって舞台に立ち、家計の足しにする、と。そんな状況の中、20 歳そこそこの観光気分の私に教えてくれる教室なんかないどころか、『おまえのやることじゃない』って、3 時間ほど延々と説教をされました(笑)」
例えるなら、日本に観光に来た外国の成人男性が「相撲を習いたいから相撲部屋を紹介してくれ」と言っているようなものだったのかもしれません…。
しかし、ここで諦めずに食い下がった負けず嫌いのもーこさん。先輩に紹介してもらったモンゴル人女性と共に、コントーションのレッスンをしているサーカス場の門をたたくところまでこぎ着けます。
モンゴル人女性が交渉してくれた結果、一度はもめたものの、どうにか現地の幼い子供たちと一緒にレッスンを受けられることになりました。しかし、もーこさんの予想とは反し、あまりにも壮絶な日々が待ち受けていたのです。

コントーション文化の発展のために
「本当は、遊牧体験の合間にコントーションを習えたらと考えていたんです。でも、話の流れで平日は毎日みっちりコントーションのレッスンを受けることになって…」
それでも、歯を食いしばりながら、家計を支えるために本気でコントーションに取り組む子供たちを見ると、逃げ出すことはできなかったそう。留学期間の2 年を、丸々コントーションにささげると、それまでは考えもしなかったある思いがふつふつと湧いてきたといいます。
「現地の子たちとはレベルの差が歴然なので、張り合えないのは明らか。それなら、日本でコントーションという文化を広げ、この子たちが将来、日本でも仕事ができる環境を作ってあげるのはどうかな、と」
そう考え、帰国後はサーカスの企画やプロデュースなどを事業とする会社に入社します。同時に、副業として自宅のリビングをスタジオ代わりにコントーション教室を開催。ブログやSNSなどでも地道にコントーションの魅力を発信し続けると、次第にリアクションが増え始めます。
そして、その勢いを加速するために設けたのが、日本で唯一のコントーション専門スタジオ「ノガラ」。現在は会員数200人オーバーで、およそ20〜30人の生徒が定期的に通うほどに拡大しました。
しかし、日本においてコントーションはまだまだメジャーな存在ではありません。ましてや、モンゴルの子供たちがコントーション目的に来日するには、程遠い道のりかもしれません。
「そのためにも、コントーションを日本のエンターテインメントの一つとして育て上げるとともに、多くのコントーショニストを育成していきたいですね。将来的には、コントーションの劇場を作って、モンゴルで歯を食いしばってレッスンをしている子供たちの目標の一つのような場所になったらいいなと思っています」