タカの美しさに感動して、もっと知りたいと思った

日本に残るさまざまな伝統文化のなかでも、1650年以上もの歴史を誇る「鷹狩(たかがり)」。その文化を支えているのが、天皇家や将軍家などに仕えてタカを調教していた鷹匠です。なかでも、伝統的な鷹匠の流派として知られる諏訪流で、女性鷹匠の第一人者として活躍しているのは、諏訪流第18代宗家の大塚紀子さん。今回は、鷹匠としての心得やタカの魅力などについて語っていただきました。
「タカとの出会いは、大学生の頃。“伝統的なスポーツ”というテーマで卒業論文を書くことになり、子供の時から動物が好きだったので、人と動物が一緒に楽しむことができるスポーツについて調べることにしました。リサーチを続けるなかで、東京に鷹匠の方がいらっしゃると聞き、実際に会いに行ったのが最初です」
その際、人間がタカの機嫌をうかがうという関係性に面白さを感じた大塚さんは、すぐにタカのとりこになってしまったのだそう。
「日本ではタカのことを“神の化身”と呼ぶほど神聖な存在と見なしていますが、一見強そうなのに繊細なところもあって、すごく魅力的な動物だなと。タカの持つプライドの高さや飛んでいるときの美しさに感動して、自分もタカとコミュニケーションを取ってみたいと思うようになりました」

学生時代は熱中できるものがなかったという大塚さんですが、タカに対する思いが高まり、大学を卒業してから諏訪流鷹匠の田籠善次郎氏に弟子入りを果たします。それでも当時は、将来、鷹匠になることは考えていなかったのだとか。
「鷹匠というのは、もともと殿様に仕えていたり、戦前まで宮内省(現宮内庁)の公職であったりと、歴史的に見ても責任のある役職。なので、『タカを飛ばせるようになりたい』と考えているくらいの私ではなく、きちんとした意識を持っている人がやるべきだと当時は思っていました」
転機が訪れたのは、師匠の元に通い始めてから9年が経った2004年。アラブ首長国連邦のアブダビで行われたエキシビションに参加したときだった、と振り返ります。
「師匠と門下生の仲間と一緒に行ったんですが、海外では鷹匠として仕事をしている人がたくさんいることを知り、とても刺激になりました。そのときに芽生えたのは、『自分もちゃんと鷹匠だと言えるようになろう』という決意。そこで、帰国してからすぐに『鷹匠になりたい』と師匠に話をして、その3年後に認定試験を受けて鷹匠になりました」
鷹匠になるためにはいくつもの条件を満たさなければいけないそうですが、その心得についても教えてもらいました。
「試験ではいろんな基本技をみんなの前で披露しますが、その前に必要なのは1キロ前後あるタカを左手のこぶしに乗せたまま2〜3時間歩くことができる基礎体力。それから、諏訪流では『忍耐・寛容・感謝の心』を持てることも重要です。鷹匠になるためには家族や周囲のサポートや理解が不可欠ですから。私自身もタカと出会ったことによって人とのコミュニケーションの大切さを学ぶことができ、以前よりも積極的な性格になることができました」

失敗を恐れずに、いろんな挑戦をしていきたい
その後、さまざまな経験を積んでから師範鷹匠となり、2015年には諏訪流の第18代宗家を継承するまでに。現在は、中学生から50代まで18名ほどの門下生を抱えながら、鷹匠として幅広い活動に取り組んでいます。
「私が鷹匠の師範として諏訪流の伝統的な技とこころを継承するため、一番力を注いでいるのは、門下生の育成。1年のうち、前期は月1回の座学で歴史や道具作りを教え、後期はタカをどのように訓練するかといった実技の講習を行っています。そのほかには、歴史に関係のある施設で実演会や講演会を開いたり、執筆をしたりするのが鷹匠としての主な仕事です」
大塚さんが鷹匠になってよかったと感じる瞬間は、やはりタカと一緒に過ごす時間のなかで味わえるのだと笑顔を浮かべます。

「いまは欧米のブリーダーが人工繁殖させることが多いので、野生の世界を知らないタカも多く、木に止まるのが下手で落ちたり、獲物の食べ方が分からなかったりすることも。私たちはそういうタカを訓練して、人間に依存することなく自立させることも目標にしています。タカたちが成長する姿を見られること、そしてお互いに気持ちが通じ合う瞬間が増えていくのが喜びです」
鷹狩団体の主宰、もしくは師範として活動している女性は、大塚さんを含めてわずか数名ほど。まだまだ女性が少ない世界ですが、だからこそ意識していることもあるといいます。
「現在、私の門下生は半分以上が女性。師匠が女性で、生徒にも女性が多いのでほかに比べると入りやすいというのもあるかもしれませんね。鷹匠になるためには時間がかかるので、女性ならではの細やかな気配りとサポートを長期的にできるようにいつも心掛けています」
それと並行して、大塚さんには鷹匠として今後かなえたい夢があると話します。
「諏訪流で追求しているのは、人とタカが呼吸を合わせて狩りに出る『人鷹(じんよう)一体』。それを実践するためには、タカの気持ちを理解した上で、自分もこうして欲しいんだとタカに伝える強さが必要になるので、私自身もっと自分の技を高めていきたいですね。あとは、異分野とのコラボを通して、文化的な融合もできたらいいなと。失敗を恐れることなく、やったことのない挑戦をこれからもたくさんしていきたいと思っています」
