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Monthly FACE 〜極める人々〜

JIROさん(特殊メイクアップアーティスト)

Profile

1975年生まれ、大阪府出身。東京芸術大学在学中に特殊メイクへ関心を持ち、卒業後、本格的に代々木アニメーション学院にて学ぶ。2002年、有限会社自由廊を設立。2005年には、代々木アニメーション学院・特殊メイク科にて専任講師を務める。その後、番組「TVチャンピオン」の特殊メイク王選手権で2連覇を果たしたことがきっかけとなり、話題の人へ。映画やテレビ、舞台公演の場などでも幅広く活躍。世界約70カ国で読まれる雑誌『Make-up Artist Magazine』では「世界の注目アーティスト10人」に選出されている。現在、トラックの貨物スペースを利用したお化け屋敷「無顔(むがん)」の全国ロングラン開催中。「最小のスペースで最大の怖さをねらう」がコンセプト。

道は、開拓者の後にできていく

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「わかりやすいので『特殊メイクアップアーティスト』を名乗っていますが、他にCG合成や着ぐるみ、空間デザインなども手掛けています。いつまでもゾンビ風のメイクばかりしていたら、そのうち、自分が時代遅れのゾンビになっちゃいますよね。そうじゃなくて、『こんな表現手法があったのか』という領域を切り開いていくことが、自分の役割だと思っています」

特殊メイクアップという固有の職業に縛られたくないと言うJIROさん。実際、5年後にメイクアップをやっているかどうかはわからないそうです。彼が常に目指しているのは、「今までになかったオンリーワンを生む」こと。クライアントのニーズも、単なる衣装やメイクに限らず、アメイジングを求め始めているそうです。もちろん、デザインなどが決まっていて「この通りに作って」という仕事はあります。しかし、ジャンル問わず「見たことがないものを見せてと言われ続けたい」と、JIROさんは話してくれました。

「SNSの流行により、情報を簡単に入手できるようになると、あらゆる物事が『それ、知っている』になりがちですよね。そうした環境での『なんだ、これ!』でも、やりようはあると思うんですよ。例えば、ヘアスタイルという既存の枠組みの中でオリジナリティを追求しても、おのずと限度があるでしょう。しかし、隣の世界とミックスすれば、今までになかったオンリーワンが生まれやすい。とにかく自分の箱庭から出てみないと、外の景色は分かりません」

天才は、常識にとらわれない

JIROさんのいとこはイラストレーターで、子どもの頃からエアブラシなどによる作画を見ていたそう。そのためか、美術の成績は常に「5」。高校の進路適性検査でも、「美術に向いている」との判定結果が出ました。そこで、サッカー部から転部して美術部に入り、美術予備校にも通い始めたところ、予備校の春のコンクールで見事1位に入賞。無事、東京芸術大学への進学も決まりました。

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「特殊メイクの世界を知ったきっかけは、芸大時代に見た映画です。また、代々木アニメーション学院で本格的に学べるということも知りました。同学院に通い出して2年目くらいですかね、いっそのこと、会社を設立しようかと考えたのは。企業やアトリエに入っても、オンリーワンは作れないじゃないですか。だったら、自分で作れる会社を興しちゃったほうが早いかなと。仕事ですか? もちろんありませんでした」

しかし、運命は動き出します。会社の設立と前後して、たまたま美容室を経営していた川島氏から「ヘアーショウへの出品を手伝ってほしい」という相談が持ち掛けられたのです。髪のデザインを問うヘアーショウなのに、川島氏は“配線”でヘアスタイルを表現したとのこと。そんな川島氏の座右の銘が「常識は、18歳までに培われた偏見のコレクションである」という、科学者アインシュタインの名言でした。そのような経緯もあり、JIROさんは独立の決意を固めていきます。

「当時、まだまだ特殊メイクでできることが知られていなかったように思います。実はいろいろな見せ方で楽しませられるのに、そういう発想がクライアント側に乏しいんです。その状況を変えたのが、番組『TVチャンピオン』の特殊メイク王選手権だったのかもしれません。

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特殊メイクって、ゾンビやエイリアンばかりじゃないんだと。カワイイやキレイがあったり、日常的な物事の演出もできたりする。あの番組の2連覇によって、自分の提案を受け入れてもらえる素地や自信が芽生えた印象ですね」

JIROさんの転機は、まだまだ続きます。後年、アメリカの雑誌『Make-up Artist Magazine #96』が特集した「世界の注目アーティスト10人」の1人に選ばれたのです。本場ハリウッドの場が、憧れから「自分がいてもいい世界に変わった」と話すJIROさん。

「何になりたいか」ではなく、「何をしたいか」

「小さい頃、『将来、何になりたい?』と聞かれたら、普通は職業名を答えますよね。お医者さんとか大工さんとかいった具合です。そうじゃなく、『何をしたいのか』を突き詰めていって、条件にかなった職業があれば目指すし、なければ自分で興せばいい。だから、自分の職業名は“アメイジング”だと思っています」

JIROさんは2007年、「AMAZING SCHOOL JUR」を設立し、後進の指導にも取り組んでいます。JURは「自由廊」の略。生徒たちに「今まで確立してきた技術」を教えるとともに、自由製作の課題も出しているそうです。ときに、生徒たちのアイデアの中には、自分が手掛けたことのないジャンルも含まれるとのこと。

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「職業の話と同様で、表現手法を既存の枠組みから探していくと、作品の“幅”が小さくなりますよね。やはり、何をやってみたいのかが先でしょう。生徒たちには“欲求”を与えてあげたいと考えています。その一方、今では、スマホなどで世界のトップクラスの作品を簡単に見ることができますよね。結果として、憧れよりも諦めが先に立ちやすい世の中なのかなと。そうした風潮を変えるには、自分自身が欲求を持ち続けて、背中で示していくしかないと思います」

自由廊の創作範囲は無限大。例えば美術さんや衣装さんの領域にもどんどん進出しています。そうなると、自分だけでなく他の同業者にも美術や衣装の仕事が依頼されるかもしれません。しかし、「ゾンビメイクしかやってこなかった人にカワイイ仕事が来ても、それはそれでいいじゃないか。業界全体で生き残っていける」というのがJIRO流の考え方です。最後に、「資格や手に職は必要だと思うか」という質問を投げ掛けてみました。

「なんでもいいので、“やりきったもの”を持っていると強いですよね。資格があると就職に有利などという目先の話ではなく、学んだ過程で身に付いた糧があるはずです。私自身、ネイル検定の1級の資格を持っているんですよ。かつて学んだネイルの表現が今に生きています。なんなら一生、学生でいたいくらいですね」

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