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Monthly FACE 〜極める人々〜

岩田大二 ジュークボックス修理職人

Profile

1986年生まれ、神奈川県出身。工業高校卒業後、音楽の専門学校を経て音楽系の企業に就職。祖父が設立した「岩田電機通信」に戻ってからは、同社の技術主任を務めている。本業である電気関係機器の卸を行いつつ、2017年からジュークボックスの修理業に着手。元ジュークボックスメーカーの職人を招き、内部構造はもちろん、ボックスの木工技術なども学んだ。この春から、母校の工業高校で講師として資格取得の指導などにも精を出している。

ファミリー企業は中身を問わない「器」

「良い物を良い状態で欲しいというニーズに、古いも新しいもないと思うんですよね。良い結果を残すことが技術者の務めであって、最新の電気自動車の充電器も扱えば、一昔前の家電も扱います。個人商店の技術者は、言うなれば“環境によって色が変わるカメレオン”なのかなと。本質は変わらないものの、扱う商品がニーズによって変わり得ます。ジュークボックスはその一例ですね」

イメージ現在、「岩田電機通信」の店内で修理を待つジュークボックスは15台余り。ほかに、ほぼ同じ台数のジュークボックスが倉庫にもあるそうです。もはや同社の基幹事業になりつつあるジュークボックス修理業ですが、もともとの同社は、一般電気店に向けた電子機器類の卸を手掛けていました。世に流通する商品は時代によって変わりますから、“カメレオンの例え”もうなずけるところです。

「今の音の聞き方は『個人でヘッドフォン』なので、音質の設計目的もそうなっています。ですが、一言で言うと音に広がりがなくて“頭打ち”なんですよね。その点、ジュークボックスが想定しているのは『大人数のオープンスペース』です。ガヤガヤ騒いでいても届く音量・音質じゃないと、商品としての価値はない。商品の価値を突き詰めていった結果、『抜けのいい生きた音』が奏でられています。ミュージシャンの中には、生きた音を求めて、今でもわざわざ“レコード”でプレスする方がいらっしゃるそうです」

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同店で修理しているジュークボックスの多くは、作られてから50年以上たっています。その特徴について大二さんは、「高い技術力で支えられていること」だと話します。なぜなら、故障などの問題に対し、技術者が自分で解決する時代に生まれた製品だからです。レコードを回すベルトの破損、コインの詰まり、サビ・カビによる接続のショートなど、不具合の中身は多岐にわたるでしょう。そして何より、生きた音を再現できることが求められます。

リアルに動かせる技術者でありたい

「創業者である祖父の影響を受け、子どもの頃から機械いじりが好きでしたね。そこで工業高校へ進んだのですが、卒業後、社会人経験を積んでいるときに到来したのが“地デジ化”です。どの家庭も一斉に入れ替えるため家業が忙しくなり、修行を終えて家に戻る事になりました。ところが地デジ化が落ち着くと、一転して無風状態ですよね。何をして食べていこうか、世の中が変わっていく中で自分たちも変わっていかないと。そう実感した瞬間でした」

イメージ 自分たちの強みは何か。その答えは、代々大切にしてきた「技術力」でした。そして、誰も手を出していない領域でも、技術力があれば突破できるのではないかとひらめきます。ジュークボックスの修理業という発想は、無風状態から生まれた新規事業案でした。また、大二さんが就職していた音楽系の企業の知り合いをたどると、たまたまジュークボックスメーカーでメンテナンスを受け持っていた職人がいました。

「ジュークボックスには、古き良き時代を象徴するような“憧れ”があります。それなのに、まともに動く機器は見かけません。ですから、『これって、動いたらどうなるんだろう』が出発点です。技術者としてリアルに動いていないと気が済まない性格なので、とりあえず、温泉旅館に眠っていたジュークボックスを引き取ってなんとかしてやろうと。そこで、ツテをたどって、メンテナンス職人の方に来ていただいたのです。キホンのキから学ばせていただきました」

こうして始まったジュークボックスの修理業ですが、壊れたところを直すにとどまらず、原因がわからないと、同じことの繰り返しでしょう。故障の原因の多くは日本固有の湿度で、欧米製のジュークボックスが想定していない環境でした。加えて、日本には50ヘルツと60ヘルツという、交流周波数の違いがあります。エリアが違うと、レコードの回転数も変わってしまうのです。ですから、修理の前提として「置き場所を問う」側面があるのだとか。

イメージ 「部品の中には欠番もあり、そんなときは中古パーツを探してきて忠実に復刻します。音質もオリジナルに近い形で再現したいですからね。我流で修理されてしまったところがあったとしたら、『元のパーツに戻す』ところから始めます。他方で、もともとの蛍光灯をLEDに変えることもありますよ。蛍光灯の生産中止を考えると、場合によっては避けられないプロセスでしょう。とにかく、現役で安全に動くように努めています。ノスタルジー的な、見た目だけの“復刻”は狙っていません」

波紋の広がりで化学変化を起こせるか

ジュークボックスで困っている人には、相談する人すらいない。マニュアルを参考にしたくても、英語かドイツ語で書かれている。そこで、我流で直そうとして、かえって音質を悪くしてしまう。リースで貸し出されたジュークボックスだとしても、リース業者そのものがいなくなり、引き取らずに劣化させてしまう。大二さんによると、最前線の現場には、こうした悪循環が起きているそうです。

イメージ「今は当社で修理を完結しているものの、例えば木工や鉄工、プラスチック加工だけを発注できるような“横のつながり”があると簡便です。また、地方で修理できる人材も欲しいですね。ジュークボックスは運搬時の振動に弱いので、遠隔地からの修理依頼があってもお断りせざるを得ないのです。そうなると、ジュークボックスオーナーも含めたコミュニティが必要なのかなと。ちょうどこの5月から、そんな取り組みを始めました」

実は大二さん、母校である工業高校で講師を務めることになりました。夜間の定時制では電気工事士のような資格取得のサポート。全日制では機械修理を教え、教材としてジュークボックスも扱います。もともと同店では、卸先の電気店に向けた講習会などを手掛けていたそうです。もちろん、工業高校とは別に「ジュークボックスの修理を学びたい」という人がいたら、無料でノウハウを伝授するとのこと。

「ニッチが過ぎると商売にならないですよね。しかし、誰かが交差点で交通整理すれば、異業種間に化学変化を起こせるかもしれない。私自身、フタを空けて初めて、受け入れてもらえる素地がありそうだと気付かされました。また、瓶の清涼飲料の自販機、オルガン、レトロなコインゲーム機などの修理依頼も来るようになりました。結果として予想を超えた反響だったので、このままで終わらせたくはないです」

地デジ化後に実感したのは、技術力の真価と、変容が容易というファミリー企業の持ち味でした。「資格は、自分に求められている役割がわかっていると、その役割を強化してくれる」。そう、大二さんは話します。どんなレコードにも対応し、その溝に刻まれた音源を忠実に拡大するジュークボックス。その姿はどこか、大二さん本人を連想させます。

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