名器は誕生したときから名器である
「バイオリンって実は、“人間が最も美しいと感じる”黄金比に満ちているんですよ。先端にある渦巻きもそうですし、楽器の長さや厚み、fの字型の穴に至るまで黄金比です。バイオリンの名器は数百年にわたって愛用されていますよね。その間、形が変わらないということは、『完成形』でもあります。きっと、黄金比が反映されているからこその完成形なのでしょう」
バイオリンにとっての「本当に良い音」とはなんなのか。岩崎さんは、それが知りたくて日々、色々な音を耳からインプットし、バイオリンでアウトプットしています。その結果、「にぎやかな音とは、ノイズの多い音のこと」という自説に至りました。このにぎやかな音はともすると、「華々しく聞こえる良い音」に思えます。しかし名器ほどにぎやかさは少なく「澄んだ音」を出すそうです。したがって、雑音の除外が、岩崎さんの修理の目標になります。
「バイオリンの修理では、ボディを薄く削るという手法がよく用いられます。しかし私はめったに削りません。板が薄すぎると振動しやすくなり、ノイズとなってしまうからです。もちろん、壊れたパーツを新しい物に替えるときなどは、サイズ調整のために削りますよ。しかし、ボディを削る背景には、『ノイズのにぎやかさが加えられて、あたかも良い音に聞こえる』という誤解があるのでしょう。バイオリンの聞き比べなどで仮に良い音だと思っても、『うるささ』を感じたら、それは安い楽器です。名器で大きな音を出しても、うるささは感じません」
今のバイオリンの形が初めてつくられたのは、16世紀中頃のルネッサンス時代といわれています。ちょうど、物事を数学的・物理的に捉えようとしはじめた時代です。実際、黄金比から離れるような直し方をすると、バイオリンの音質が著しく低下すると岩崎さんは言います。修理方法をいろいろ試してみたものの、結局「今ある形を変えられない」のだそうです。
背景にあるのはエンジニア的な発想
「子どもの頃は、天文学者になるのが夢でした。親に買ってもらった天体望遠鏡で輪のある土星を見た瞬間から、『星』に魅せられてしまいましたね。実家は畳店でしたが、三男だったので、後を継ぐようなことは言われませんでした。もっとも、工作好きな点は、実家が影響していると思います。そのようなことで、大学は宇宙工学とも関係している精密機械工学科へ進学しました」
ところが精密機械工学では全体の一部、簡単に言うと「パーツ」を扱います。一方、岩崎さんのやりたかったことは、あくまで「ロケット全部」なのでした。そうした中、たまたまオーケストラサークルに入って初めて目にしたのがバイオリンです。もし、この「バイオリン全部」が手掛けられるとしたら、一生をささげてもいいかなと。むしろ、一生でも足りないなと、そう感じた瞬間でした。
「在学中からバイオリン工房で修行していましたね。当初、『とにかくバイオリンをつくってこい、入門許可はそれからだ』と言われたのですが、なんとなくの勘所はありました。そして、無事に入門し、バイオリンに没頭できるようになったので、大学は中退することに。今考えると“無謀”ですよね。その後、2001年に友人と共同で独立しました。当時、お金がなかった我々は、バイオリン問屋さんの計らいで楽器を無料にて借り受け、売れたら対価を得るというスタイルで販売することができました」
なお、バイオリンの本場はイタリアというイメージがあり、日本製というだけでその価値を認めてもらいにくいそう。岩崎さんが、製作よりも修理にかじをきった理由です。それに、修理であれば、原材料をほとんど仕入れないで済みます。修理道具こそ必要ですが、余裕のあるときにコツコツ買いだめしていました。楽器棚や工作机の一部は自作なのだとか。
「バイオリンには、定期的なメインテナンスが欠かせません。例えば、接着剤にあたるニカワが剥げてくると、音はそこから漏れてきます。弦を支える駒の位置にも、ベストなポジションがあります。こうしたメインテナンスについて、大学のつながりで一定の顧客が見込めたことも、独立の助けになりました。また、バイオリンには『16分の1』から『4分の4』までのサイズがあり、弾き手が成長するに従って順次、買い換えていきます。ピアノのように1台では完結しないので、定期的な受注も見込めました。その後、子どもが生まれたのが2010年、小金井に移転したのが2013年、現店舗のオープンは2018年になります」
開かれた実験工房で、仮説と検証を積み上げる
岩崎さんが学生時代のころに訪問した楽器店では、販売と修理を完全に分けていて、客から目の届かない場所に工房が構えられていたそうです。そして、何がなされたのかわからないまま修理代を払うことも、少なからずありました。こうした修理のあり方に違和感を覚えた岩崎さんの現工房は、対面式の「見える化」にこだわっています。お客さんに説明し、実際の修理作業も見てもらい、弾いて納得するまでが修理工程。満足に対して費用をいただいているとのこと。
「修理中の雑談もヒントになり得ます。どこにアイデアが隠れているかわかりませんよね。インプットしてひらめいたヒントを、なんとかアウトプットできないかと模索している毎日です。ですから、この工房が社交場のように使われるとうれしいですね。ヒントを元にトライ・アンド・エラーを繰り返して、正解を得られるような場所にできれば」
岩崎さんは現在、昔使われていたニスを今に再現できないか取り組んでいるそうです。名器は昔のニスを使っていますから、現代のアルコールニスがなじみません。もともと理工系で実験好きだった性格が、こうしたところにも表れているようです。いずれ、バイオリン製作も本格的に手掛けていきたいと話します。
「いい楽器とは何か。自分の中で仮説が生まれたら、実験やトライ・アンド・エラーの中で科学的に物理的に煮詰めていく。その繰り返しで、物事の良い部分は積み上がります。ですから、資格を取ったとしても、そこで満足しないでいただきたいです。むしろ資格がなくても、積み上げを欠かさなければ、高みに登れるでしょう。『井の中のかわず』にならないよう、海外留学のような外からの見方を取り入れる工夫も続けていってください。外から見た井戸の形もあるはずです」
