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Monthly FACE 〜極める人々〜

飯野 夏実 陶芸作家

Profile

1983年生まれ、神奈川県出身。武蔵野美術大学工芸工業デザイン科で、陶芸を学び始める。同大学で教務補助として2年間勤務したあと、京都伝統工芸大学校陶芸科入学。2010年からは「クラフトスタジオカラクサ」を主催し、陶器のみならずピサンキやモザイク、アクセサリーなどの制作を行う。現在は、創作活動の傍ら、教室も開催している。

芸術の世界で生きていく不安があっても、それ以上に楽しい

実用的でありながら、日常に彩りを与えてくれる陶器。その奥深い世界に魅せられ、制作活動に日々取り組んでいるのは、陶芸作家として活躍する飯野夏実さん。幼い頃からものづくりが好きだったこともあり、自然と美術の道へと進むことになりますが、陶芸を選択したのは自分でも予想外だったと振り返ります。

「実は、最初はガラスか木工を専攻したいと考えていたので、陶芸をすることになるとは思ってもいませんでした。陶芸の教授が魅力的な人だったというのもありましたが、当時はちょうど一人暮らしを始めたばかりで、自分の中でのブームが食器を集めること。ご飯を作るようになってからは自分でも食器を作れたらいいなと思うようになり、それまで経験はありませんでしたが、陶芸を始めることにしました」

イメージ 武蔵野美術大学を卒業後、将来について悩んでいた中で「陶芸作家として生きていきたい」と決意を固めた飯野さんが向かったのは京都。現地にある京都伝統工芸大学校陶芸科で絵付けの技術に磨きをかけると、2010年には「クラフトスタジオカラクサ」を立ち上げ、本格的に作家活動をスタートさせます。

「金を使う金彩(きんさい)という技法を習った時に、『自分はこれを生かした作風でやっていこう』と決めました。そこが陶芸作家としてやっていけるのではないか、と考え始めたひとつのきっかけになったと思います。芸術の世界で生きていく上では経済的な問題はつきものなので、今でもまだ不安はありますが、それ以上に楽しいです。あとは、勢いですね(笑)」

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フリーランスという立場上、大変さを感じることもあると言いますが、その反面でメリットも多いと付け加えます。

「伝統的な陶芸というのは分業制ですが、私の場合はろくろをひくのも、絵を描くのも、窯で焼くのも全て自分一人でやっています。そういったこともあって、自分が作りたいものや描きたいものが思い浮かんだら、誰に何を言われることもなくどんどん作ることができるので、とにかく自由。作りたいけど作れないというストレスもなく、常にフットワークが軽くいられるところも自分には合っていると思います」

自身のルーツは、ウクライナの伝統工芸品「ピサンキ」

何にも縛られることがないからこそ、既存の技法を使いながらも飯野さんの作風にはオリジナリティがあふれており、見る者を魅了する作品が並びます。

イメージ「どれも普通に模様を描いているだけのように見えるかもしれませんが、よく見ると少しずつ違ういろんな技法を組み合わせて作っています。私の作品ではぜひ、そういった部分も楽しんでいただけたらうれしいです」

これまでに自身が触れてきたさまざまなものから影響を受けていると言いますが、その中でも自身のルーツとして挙げているのは、卵の殻を使ったウクライナの伝統工芸品「ピサンキ」。15歳のときにたまたま家にあった本でピサンキのことを知ると、夢中になった飯野さんは独学でピサンキの制作法を習得します。

「ピサンキというのは、イースターの時に家庭でする遊びの一種で、蜜ろうを使った専用のペンで卵の表面に模様を描いては染料に漬けて色を付けるというのを繰り返して作ります。ウクライナではお守りとしても使われているため、伝統的な模様にはそれぞれ意味があるのも特徴。ピサンキを作る過程でいろいろな柄や細かい模様についてたくさん考えてきたことが、陶芸にも生かされているように感じています」

イメージ 興味深い制作工程は飯野さんが配信している動画で見られますが、最近はウクライナに関心が高まっていることもあり、教室で学びたいという生徒も増えていると言います。現在は、陶芸とピサンキにとどまらず、モザイクやアクセサリーなども制作しており、常に新しいアイディアで頭がいっぱいの飯野さん。

「仕事をしていて楽しいと思うのは、今まで作ったことのない新しいものができた瞬間。これまで見てきたもの全てが頭の中で組み合わさり、それが技術的な意味でも成功した時はうれしいですね。お皿を焼いたら割れてしまったとか、思っていた通りにいかないというのは日常茶飯事。ものづくりにおいて試行錯誤は当たり前なので、いちいちめげてはいられません。何度も失敗して、たまにいいのができたらそれを目指して作っていくだけ。やりがいは毎日感じています」

いつも仕事のことを考えてしまうため、なかなかオンオフが切り替えられないと言いながらも、楽しさの方が勝っていると大きな笑みを浮かべます。そして、輝く瞳の奥にある新たな夢の数々についても、教えてくれました。

「陶芸作家というのは、50代や60代でも若手と言われてしまうような世界。30代の私はまだまだなので、『がんばります』としか言えませんが、とにかく自分が好きなものを信じて作り続けていくしかないのかなと。最近は、タイルを作る際に使われているスペインの技法にチャレンジしていて、それを応用したシリーズをこれから展開できたらいいなと考えています。あとは、もう少し大きな作品にも挑戦したいので、モザイクを使ったもので作ってみたいですし、いつかピサンキの本を出すのも私の夢です」

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