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Monthly FACE 〜極める人々〜

渡辺 一成さん(前南相馬市市長/一級建築士)

Profile

1944年、福島県生まれ。一級建築士、行政書士、宅地建物取引主任者。昭和53年、一級建築士の資格を取得。ワタナベ建築設計事務所の設立、福島県の原町建築職業訓練校事務長兼全権総連相馬地区建設労組事務長を経て、旧原町市議会議員に立候補、見事当選を果たす。その後、福島島県議会議員を経て、旧原町市長に就任。合併・新市誕生後は南相馬市市長として市政に取り組む。現在は、原町市および鹿島町の土地改良区理事長、福島県土地改良政治連盟委員長として、農地の復興や住宅の再建に尽力するとともに、震災後の復興にむけて積極的な提言を発信している。

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渡辺一成Twitter

建築士から、市長へ、自然な道のり

イメージ 甲冑に身を包んだ何百という騎馬武者たちが、夏草の上を疾走する。先祖伝来の旗差物を風になびかせて…。これは、福島県相馬市で行われている祭事「相馬野馬追」の光景。戦国絵巻さながらの祭りは、この地に住まう人々により支えられてきました。しかし、未曾有の地震、津波、原発問題に襲われた今年、伝統の祭りは開催の危機に瀕し、その地で生活し、その地を愛する人々を打ちのめしました。「相馬野馬追(そうまのまおい)」は、7月23日より規模を縮小しての開催が決定。

そんな状況下にありながら、自らを奮い立たせ、復興に向けてアクションを起こしている人々がいます。今回のインタビューにご登場いただいた渡辺さんもそのひとり。建築士としての視野、市議・県議・市長として行政に携わってきた経験、被災地の住民としての想いについて、お話をうかがいました。

「当時、建築に携わる者として、旧原町市の商業近代化地域計画について考える“まちづくり勉強会”に参加していました。その中で、まちづくりには行政との関わりが必須であると実感。理想のまちづくりに向けて行政を動かすべく、市議への立候補を決意しました。仲間の応援もあり当選することができ、その後は、福島県議、旧原町市市長、南相馬市市長を歴任することとなりました。」

市議から市長へ。そこには建築士としての経験やものの見方が、大いに役立ったといいます。

「建築家として「建築基準法」や「都市計画法」といった法律を熟知していたこと、さらには、行政書士資格を保持していたため、「民法」の契約法といった都市計画に関わってくる様々な法律の知識があったことなどが議員の仕事に非常に役立ちました。“建築”という視点を持ち、発言し、行動する人間が必要とされていたのだと思います。」

建築士としての経験が活かされた“まちづくり”

イメージ 建築という視点から“中心市街地の空洞化”と、それが及ぼす影響について、いち早く着目したのも渡辺さんでした。

「県議時代、都市中心部における人口構造の推移について調査。すると、市の人口は増え続けているのに、中心市街地に住む人は半減しているという結果が出ました。中心市街地の空洞化が、商業の活性化を阻害していると指摘。それをきっかけに、活性化に向けた取り組みが行われることとなりました。」

市長時代も渡辺さんならではの“まちづくり”が行われます。

「“道の駅”をご存知ですか?近隣の名産品の販売や地域情報などを販提供する、いわば一般道路におけるサービスエリア的な施設です。市街地から離れた場所に位置するというのが、従来の“道の駅”の在り方でした。南相馬市では、あえて市街地の近くに“道の駅”作ることで、道路利用者のみならず、市民が気軽に立ち寄れる場所を目指しました。さらに、市民参加型のイベントスペース(広場等)を併設し、そこで行われる催しなどを通じて、地元民と車で利用する来訪者との交流を促進する狙いがありました。」

渡辺さんによる、都市型“道の駅”という考え方は、国土交通省からは「何故、この場所を選んだのか?」と疑問の声が上がるほど革新的なものでした。このように、新しい、オリジナル、ユニークといった思考に、理解・同意を得ることは簡単ではなく、実現までに幾多の苦労を乗り越えなくてはならなかったものも少なくないと言います。

「確かに、議会のみなさんにご理解いただくのに苦労した施設建設もあります。しかし、施設のオープニングセレモニー、毎年行われている植樹祭といった、市民の方々と直接触れ合う機会に足を運び、みなさんの喜ぶ顔やイキイキした表情を拝見し、また、感激のお声をいただくと、苦労というものは簡単に吹き飛んでしまいますね。市民のみなさんの喜びが、仕事をしていく上での私の喜びでした。」

復興に向けてのアクションとは

そんな南相馬市民から笑顔を奪ったのが、今回の震災です。復興に向けての大きな障害について、渡辺さんのお話をうかがいました。

「地震、津波による被害はもとより、それに輪をかけて原発事故という事態が被害を大きく複雑なものにしており、復興に手を出したいけれど出せない状況を作り出しています。現在、南相馬市は、4つの区域に“分断”されているといっても過言ではありません。立ち入り禁止である20キロ圏の避難区域、20キロから30キロの緊急時避難準備地域(屋内退避)、計画的避難区域、そして、何にも属さない区域といった具合に。同じ市でありながら一様でない状況が、市民が一丸となって復興に気持ちを向けていくことを邪魔しています。」

南相馬市の置かれている複雑な現状から「気持ちの上で、どうもすっきりしない状況」とおっしゃる渡辺さん。しかし、復興に向けての想いは、しっかりと行動に移されていました。

「現在は、自宅に住みながら土地改良区の理事長として活動しています。今年は、南相馬市全域で稲作は行わないという方針となりました。しかし、津波で海水を被った田んぼは、そのままにしておいては、いざ米を作るぞといった場合に困ってしまいます。現在、津波で押し寄せたがれきが撤去されたため、手作業で小さながれきを片付けて、塩分を取り除く作業を行っています。」

また、この時期にやらねばならないことを前向きに提言したいということから、ブログとTwitterを始められました。アクセス数はもとより、行政に携わる人々からも注目されている点が、渡辺さんの影響力の強さを感じさせます。

これからの“住宅設計”と“復興”に必要なこと

イメージ 「震災を機に、改めて考えさせられたのが、人間にとっての「家」の存在です。「家」というのは、いわば家族の“城”。津波で家を流されてしまった、避難区域にあるため家はあるがそこ居ることができない、家族がバラバラになって避難生活を続けている方々を目前にするにつけ、「家」というのが、家族にとっての“拠り所”であり、家族の絆を守るべき場所であることを考えさせられました。」

今、建築士として働いていたなら、どのような家づくりをしますか?市長として行政に携わるなら、どのような“まちづくり”を採用しますか?という質問をぶつけてみました。

「津波の被害が考えられる地域は、安全を第一に、高台に集落を作るべきであると考えます。また、現在の建築基準法の考え方を改める必要があると考えています。木造住宅の場合、地震に強い家を作るという観点から、基礎と土台はアンカーボルトで緊結させるという決まりはみなさんご存知の通りだと思います。しかし、これでは建物全体が地盤の揺れをストレートに受けることになります。今回の地震で、大きな揺れにあいながらも土台に基礎をのせただけの神社仏閣が残っているという例をしばしば耳にします。はたして、現在の建築基準が、予想もできないほどの揺れに耐えうるのかなどを、早急に再検討する必要があると考えています。」

原発の問題を、身を持って体験されているひとりとして、低エネルギー住宅の普及にも意欲的です。

「暑いならエアコンを使えばいいと、室内環境を電気のチカラに頼るだけの住宅であってはならないと思います。窓を開ければちゃんと風が通る、陽射しをよけるためにひさしは長めにとるなど、家電などの進化により忘れられがちな、昔ながらの“家づくりの知恵”を建築設計に取り入れることが必要ではないでしょうか。飛騨高山の家々や京の町屋の合理的な考え方など“古き良き”を見直すような、設計する側の意識改革こそが、エネルギー問題に揺れる今後の日本を建築という立場から助けることになると思います。エネルギーが最小限で済むこと、そしてなにより、丈夫であることが今後の家づくりの柱となるはずです。」

最後に、渡辺さんが考える、南相馬市が誇るものとは何でしょうか?とうかがってみました。

「国の重要無形民俗文化財に指定されている「相馬野馬追」が挙げられます。相馬氏の始祖である平将門が下総の国、今の千葉県流山市あたりで野馬を放ち、それを敵に見立てて捕える軍事訓練が始まりされている祭りで、日本を代表するサムライ文化を今に伝える行事です。天明・天保の飢饉の際にも、規模を縮小して続けられてきました。ようやく開催が決定しましたが、賛否両論あるのも事実です。しかし、この祭りを復興への狼煙として、分断されてしまった市民の心が同じ方向へ向くきっかけとしても、存続させ、たくさんの人々に足を運んでいただけることを願っています。」

インタビューの途中、こんなことをおっしゃっていた渡辺さん。「今まで広くは知られていなかった南相馬市。こんなきっかけではありますが、広く日本のみなさんに知られることとなりました。これをチャンスに変えなければならない、そう感じています。復興のために、南相馬市の未来のためにも。」渡辺さん自身、現在の状況に不満もある、焦りもある。そんななかでの発言に、前向きであり続ける意志の強さを感じたインタビューとなりました。

(取材・文/小林未佳)


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