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Monthly FACE 〜極める人々〜

本多敏行さん(アニメーター)

Profile

1950年生まれ、群馬県出身。アニメーション制作会社「エクラアニマル」所属のアニメーター。テレビ用・劇場用アニメーションなどの作品で動画・原画・作画監督などを務めている。主な参加作品は「ドラえもん」(作画監督)、「怪物くん」(作画監督)、「巨人の星」(動画、原画)、「ルパン三世」(原画)、「それいけ!アンパンマン」(原画)ほか多数。

エクラアニマル オフィシャルサイト

自分が本当につくりたいアニメ

イメージ 東京都西東京市のアニメーション制作会社「エクラアニマル」の看板アニメーター。アニメ版『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などの制作を手掛けるシンエイ動画(旧Aプロダクション)所属時代には『怪物くん』の作画監督を務めるなど、これまでに数々のアニメ作品の制作を手掛けています。現在、商業用アニメの制作と並行して力を入れているのは、2012年3月に下北沢の劇場で公開予定の自主制作アニメ『かっぱのすりばち』です。同作は福島県の創作民話を原作にしたもので、次のようなストーリー。
--江戸時代の福島県塙町(はなわまち)には、1組のかっぱの親子が住んでいた。ある日、村の子どもが川で溺死してしまい、「お前の仕業だろう」と村人に疑いをかけられた子がっぱの“かんきち”は暴行を受け、命を落としてしまう。その後、村には疫病が流行。病を直す薬をつくれるのはかっぱだけだと知り、村人は“かんきち”の母の元へ。我が子を殺めた村人の頼みに悩む母がっぱが出した答えは……というもの。

イメージ 「『かっぱのすりばち』のテーマは、“無償の愛”。原作のメッセージに共感し、少しでも多くの人に知ってもらおうと自主制作という形でアニメ化に踏み切りました。自主制作とは、その名の通り自分たちで1からつくるもの。しかし、我々の手弁当だけでは力不足なので、作品のテーマや制作の主旨に賛同してくださる方々の協力を得て、“自分たちが本当に子どもたちに見せたいアニメをつくろう”、と取り組んでいます」

アニメ制作の際に心掛けているのは、空間の調和。作品の雰囲気に合った、キャラクターや背景づくりにこだわります。

「作品によっては、実写のような背景をつくり込む場合もありますが、写実的な背景が必ずしもいいとは限りません。キャラクターがデフォルメされているなら、背景もそれに合わせたものがいいと思うんです。写真のようであっても、絵にすれば写真とは違う雰囲気になるのは確かですが、架空の世界を描けるアニメだからこそ、人が想像する余地があるほうが面白いと思っています」

アニメは、子どもに夢を与えるもの

イメージ 本多さんの在籍するエクラアニマルが自主制作アニメをつくり始めたのは、1992年から。同社のマスコットキャラクターでもある『キャラ丸くんとドク丸くん』をはじめ、これまでに3シリーズ10作品を手掛けています。なお、自主制作したアニメは「出張無料上映会」として、全国の幼稚園や保育園で公開。利益を度外視した活動を始めたきっかけを、次のように話します。

「アニメが影響したと報道される犯罪事件を耳にした時、『自分たちのつくっているものは何かの役に立っているんだろうか』という疑問にぶつかりました。もちろん、エンターテインメントとして人を楽しませることはできますし、グッズなどが売れれば経済にも貢献することになります。しかし、その根幹には『アニメは子どもの成長に悪影響なのか』という違和感が残り続けていました。その答えを見つけようと、子ども向けアニメの自主制作を始めたのです」

 

イメージ 自主制作の作品でこだわっているのは、“子どもに夢を与えるもの”であること。それこそが、アニメが子どもに対して果たせる役割だと考えます。

「アニメを見て『自分もこんな風になりたい、あんなことをしてみたい』と思ってもらえるような内容の作品づくりを心がけています。アニメではありませんが、一番いい例がブルース・リー主演の『燃えよドラゴン』。あれを見ると、子どもはみんな身近なものを持ってヌンチャクを振り回すマネをするんです(笑)。そういう要素をもって子どもに夢を与えたり、外で遊ぶことの楽しさを伝えたいんです。最近の子どもは、外でも携帯ゲームで遊ぶといいますから。この世には他にもおもしろいことがいっぱいあるのに、もったいないじゃないですか」

才能がないなら、自分だけの道を探す

イメージ信念を込めたアニメづくり。その背景には、「自分ができることをやろう」という一つの思いがあります。

「自分には、才能がないんです。いや、正確に言えばなまける才能はあります。あとは、飲酒能力。……それ以外は、逆さに振っても鼻血も出ません(笑)。それは、Aプロダクション時代に一緒に仕事をしていた、スタジオジブリの宮崎駿さんを見ていて思いました。『もっと能力があれば……』と今でも思いますが、無いなら無いなりに、“自分にできる、自分だけの道”をつくればいい。自分の場合は、それが自主制作アニメなんです。
上映会などをしていて感じたことですが、子どもたちが喜んでくれるのを目の当たりにするのは気持ちがいいものです。作品が大ヒットしなくてもいい、幼稚園や保育園に行って自分たちのつくったアニメを見せて、子どもが喜んでくれればそれでいいんです。それと、自分は大した人間ではありませんが、社会の不正には目をつむりたくないと思っています。だから、そういう行動を子どもに見てもらいたいんです。少しでも子どもたちの役に立てることといえば、それくらいです 」

イメージ 本多さんをはじめとする同社スタッフは、「自分たちにできることを」という思いから、アニメ制作以外にも地域のゴミ拾いやエコキャップ回収など、市民活動にも力を入れています。2011年に起きた東日本大震災の際には義援金の募金活動を行ったほかに、9月には同震災による津波被害を受けた宮城県石巻市でアニメの無料上映会を開催。今後も継続して同市でのイベントを開く予定です。

「現地の小学校の先生が懸念していたのは、これまで我慢を続けてきた子どもの心のバランスが崩れてしまうことです。今までは瓦礫の撤去など、物理的な支援が重視されてきましたが、精神的な支援が必要となるこれからがアニメの出番。そして、私たちにできることなんです」

自分たちが本当に伝えたい作品を、届けたい人へ。「お金では手に入れられない魅力を知ってしまうと、それがお金よりも大切になってしまうんですよ」と目を細めながら話す本多さん。子どもとアニメの未来を、その手で描いていきます。

(取材・文/石川裕二)


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