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Monthly FACE 〜極める人々〜

久保晶太さん(イラストレーター/絵本作家)

Profile

1954年生まれ、兵庫県出身。フリーランスのイラストレーターとして活動しており、実用書や雑誌、児童書、学習用教材などのイラストを描いているほかに、本の装丁を手掛けている。2010年には『あたしのサンドイッチ』(教育画劇)が出版され、絵本作家としてデビュー。

久保晶太 オフィシャルサイト

煮詰まった時は散歩で解消

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これまでに数々の実用書をはじめ、雑誌、児童書、学習用教材などのイラストや装丁を手掛けてきたベテランイラストレーターの久保晶太さん。さる2010年には『あたしのサンドイッチ』を出版し、長年の夢だった絵本作家としてのデビューを果たしています。50代半ばにして新しいスタートラインに立った久保さん。イラストレーターとしての30年を含むその半生を振り返り、今新たなる道を極めようとしています。

イメージ 「絵本との出会いは、大阪でデザインの専門学校に通っていた19歳当時のことです。絵本作家のいわさきちひろさんの作品に魅せられ、『絵本作家になりたい』という思いが芽生えました。専門学校を卒業した後は上京して、グラフィックデザインの会社に入社。その後は出版社で編集者として働き、文芸誌の制作に携わっていました」

久保さんはその雑誌の制作に力を入れていましたが、あえなく廃刊。思い入れが強かった分、反動は大きいものとなりました。

「魂が抜けたような状態になってしまって。この会社でほかの書籍をつくっていくこともできたのですが、そんな気にはなれませんでした。その当時から、将来的には絵を描いて生きていこうと思っていたので、『いい機会』だと27歳の時にイラストレーターとして独立したんです。心機一転の決断とはいえ、コネもなく、売り込みに行く勇気もなく、最初の頃は不安な日々を過ごしていました。当時はあまり仕事もなかったので、喫茶店でアルバイトをしながら生計を立てていました」

その後、編集者時代の知り合いから仕事を紹介してもらうなどして、徐々に仕事が増えていった久保さん。約30年間イラストを描き続けていますが、「生みの苦労」は今なお存在するといいます。

「いいものをつくるには、苦労はつきもの。以前描いたイラストの使い回しのようなことはしたくないので、悩む時はとことん考え抜きます。ただ、机に向かって『う〜ん』と言っているだけでは仕方がないので、気分転換に散歩をすることが多いです。外で見たものがイラストのヒントになることもあるので、息抜きも大切にしています」

「オーダーメイド」のイラストを

イメージ 長年にわたって、フリーランスのイラストレーターとして生きてきた久保さん。仕事する上で意識していることを次のように話します。

「正直なところ、僕は『画力だけ』では自信がないんです。もっと上手に絵を描く人は世の中にいっぱいいますし、だれもが知っているようなイラストレーターでもありません。でも、だからこそ『どうすれば求められるイラストを描けるか』と自然に考えるようになるんです。そこで、自分なりのアイデアや仕掛けを盛り込んで、遊び心のあるイラストを描くように心掛けています。ほかにも、基本的なところでは読者のターゲット層が何歳なのか、どのような雰囲気にしたいのか、などを詳しくヒアリングします。イラストは、あくまで全体を構成する1つのパーツ。絵のイメージやスペースなどの制約があるので、かなり計算して描いています」

 

イメージ その考えが顕著になったのは、近年発売されている「フリーイラスト集」の存在。さまざまなシチュエーション・ジャンルのイラスト数百点が1枚のCDに入っており、一度購入すれば何度でもそのイラストを使うことができるというものです。

「すごい便利ですよね。価格も数千円で手頃ですし、何度でも使える。フリーイラストより高いお金を払ってでも『久保にお願いしたい』と思ってもらわなければいけません。しかし、言ってしまえばフリーイラストは『ありもの』。それに対して、僕がやっているのは『オーダーメイド』のようなものだと思っています。エッセーの挿絵を例にすると、カップ1つを描くにしても何を表現したいかによってイラストは変わってきます。明るい物語なのか悲しい物語なのか、登場人物が女性なのか男性なのか、紅茶を飲んでいるのかコーヒーを飲んでいるのか、喫茶店なのかレストランなのか、など。細かいシチュエーションを理解することで、エッセーに深みを与える最適なイラストを描くことができるんです」

回り道は無駄じゃない

イメージそんな久保さんが本格的に絵本作家を目指し始めたのが2002年。最愛の妻である道子さんが病気で先立った年のことです。半年ほど無気力な状態が続きましたが「人生はいつどうなるかわからない。だったら、やりたいことをやろう」と再び前を向いて歩き始めます。その後は、絵本出版社の編集長が講師を務める「絵本塾」に参加。その時の作品が出版社の目に留まり、『あたしのサンドイッチ』が出版されました。同作の主人公である女の子が好きなのは、お父さんとお母さんに挟まれた「ほっぺたサンド」。妻と息子、親子3人で頬を寄せ合った日々を描き込めました。

「『絵本塾』に参加した時、自分は何が描きたいのかを考えました。真っ先に浮かんだのは、妻のこと。妻との思い出を残したかったんです。専門学校時代から絵本作家への夢はありましたが、結局、当時はまだ描きたいことがなかったのだと思います」

イメージ しかし、「今は描きたいことがいっぱい。どれにしようか悩むほど」と話す久保さん。どの作品にも共通するテーマは「笑える絵本」であること。読んだ人を楽しい気持ちにさせたい、といいます。

「人生、つらいことはいろいろありますが、笑うことで救われる時もある。僕が世間に対してできることは、そういう部分なのかな、と思うんです。今後、イラストレーターはもちろん絵本作家としての活動にも力を入れ、たくさんの人を笑顔にしていきたいです。最近思うのですが、絵本には『デザイン』『編集』『イラスト』と、これまでの人生で僕がやってきた、すべての要素が詰まっているんです。回り道こそしましたが、それは決して無駄ではなかったんだな、と感じています」

現在、2作目の絵本に向けて制作を進めている久保さん。
「夢に年齢制限はない」と、新しい一歩を踏み出したばかりです。

(取材・文/石川裕二)


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