アートを、より身近な存在に
「サラリーマンコレクター」として、約30年にわたり、1500点を超えるアート作品をコレクションしてきた山本冬彦さん。「アートソムリエ」としても活動しており、画廊めぐりのツアーや講座を開くほかに、展示会の企画をするなど、アートの普及を目的にさまざまな試みを行っています。そんな山本さんが企画した、最新の展示会が「山本冬彦が選ぶ 珠玉の女性アーティスト展」(9月5日~11日)。9月にリニューアルオープン2周年を迎える、三越銀座店の記念イベントの一つとして、同店8階ギャラリーにて開かれるものです。
「幅広い年齢層の方が訪れる銀座三越で展示を開くことで、アートをより身近に感じられる入り口のような展示会になればと思います。作品は日本画や油絵を中心に立体作品もあるなど、幅広い作風のものがそろっています。ふらっと入り、いい作品があれば買ってもらって、家に飾ってもらえるとうれしいですね。今回の展示に出品するのは、1980年以降に生まれた女性の若手作家ばかりなので、初めて絵などの作品を購入するという方でも、比較的お求めやすい価格になっています」
また、山本さんは「今回の展示には、作家と同年代である20代・30代の人たちに作品を購入してもらえると、よりうれしい」と話します。
「「若い人が、自分と同年代の作家の作品を購入することのメリットの一つは、作家と一緒に同じ時代を生き、交流が出来るということ。そして、将来、その作家が成功するかしないかは別として、作家の行く末を見られることにあります。コレクターとして一番の楽しみは、無名の時に作品を買った作家が将来成功すること。 これには、金銭的に高くなるという投資家的な側面もありますが、私はそれ以上に自分に“見る眼”があったと確認できることがうれしいのです。“見る眼”とは、“自分で物事の善し悪しを判断する力”とも言い換えられます。世間の権威や人気に左右されたり、時代の流行に流される生き方ではなく、自分自身の頭で考え、判断する力を伸ばしていく――アート作品を購入するという行為には、そんな側面もあるのです」
真っ白な壁が色彩を帯びた瞬間
今でこそ、数々のコレクションを所有している山本さんが最初に絵を購入したきっかけは「新居の購入」でした。真っ白で何もない壁を目にした時に、ふと「絵を買って飾りたいなと思った」と話します。しかし、当時の山本さんにとって、絵は「買うもの」ではなく、美術館などで「見るもの」という認識。どこで、どのような絵を売っているのかもわからなかったといいます。
「まずは入りやすいこともあって、デパート内の画廊をのぞきに行きました。しかし、デパートで取り扱われるくらいですから、著名な方の数十万円するような作品ばかりしか置いていなくて。やっぱり、美術品というのはサラリーマンに買えるものじゃないんだ。美術館に行って『良かったね~』と言ったり、ポストカードを買うのがせいぜいなんだと思ってしまったんです。 その次に『ゴッホなどの有名な作家の複製画を』と思い、値段を見ると、良いものは数万円。でも、数万円も出して複製画を買うなら、若くて無名でもいいから本物の絵がほしいと思いました。その後、ふらりと入った画廊で、とある日本画の作品を気に入って見ていたところ、画廊の人に『お気に召されましたか』と声を掛けられたんですね。値段を聞くと、当時の私の給料1月分くらいです。正直、『どうやって逃げようかな』と思っていたんですけど、『月賦でも大丈夫ですよ』といわれて買ったのが、最初の1点です」
そうして、コレクター人生の一歩を踏み出した山本さん。自宅に帰り、その日本画を飾った時の感動を次のように話します。
「家に帰って、その絵を壁に飾ったんです。それが、とても良かった。……うん、存在感があって、本当に良かったんです。殺風景な壁が、一気に色彩を帯びたというか。毎日帰ってきて、その絵を眺めるのが楽しみになるほどでした」
日本の住居にアートのある空間を
「一枚の絵」が変えた、家の中の景色。しかし、以前の山本さんがそうだったように、現在の日本では家の中に「絵を飾る」という習慣がなくなりつつあります。
「文化芸術というのは、昔でいえば大金持ちやパトロンだけのものでした。とはいえ、庶民が一切それらに触れていなかったのかといえば、そうではありません。どんな家でも、昔は床の間に掛け軸が飾ってあったり、ふすまや屏風があるなど、アートに囲まれていたのです。 それが、戦後はマンションなど西洋タイプの家が増え、床の間などがなくなることで、掛け軸などを飾るスペースがなくなってしまいました。そうして、絵画やアートが家の中から消えてしまって、アートは『美術館に行って見るもの』になってしまったんです。娯楽が多様化したこともあるとは思いますが、現代はある意味で当時よりも豊かになっているのに、絵を飾るという習慣がなくなってしまったのは、あまりに寂しいじゃないですか」
「アート作品というのは、たった一つ存在するだけで、空間が、生活がうるおうものです。昔の日本の床の間がそうだったように、リビングに一枚でも絵を飾る習慣が広まればうれしい。日本の芸術文化がより豊かになるためにも、アートを楽しむことの素晴らしさを伝え、広めていければと思います」