自分の感動を追体験してもらいたい
「陳列美術品制作所」という、自身のぬいぐるみブランドを展開する作家の稲川祐也さん。ぬいぐるみはひとつひとつ手縫いでつくっており、ユニークな生地使いやデザイン的な要素を含む縫製糸など、一度見たら忘れられない印象的な作品をつくっています。
作品の多くは、犬や鳥・豚などのさまざまな動物。ブルドッグの顔のしわや鼻の段々など、動物ごとの特徴を稲川さんの感性でデフォルメし、異なる素材の生地を使い分けることなどで表現しています。現在、作品は都内一部の雑貨店などで取り扱われているほかに、オーダーメイドによる受注制作も展開中です。
当時服飾学校に通っていた稲川さんがぬいぐるみをつくり始めたきっかけは「アン・ヴァレリー・デュポンというフランスのアーティスト。海外旅行に行った時にたまたま彼女のぬいぐるみ作品をギャラリーで見て、込み上げてくるものがありました」
その衝撃は、それまで「ぬいぐるみには興味がなかった」という稲川さんが帰国後すぐにぬいぐるみの制作を始めるほど。その後、会社には属さずに作家としての道を選んだ理由を「自分がアン・ヴァレリー・デュポンの作品と出会ったような体験を、他の誰かに追体験してほしいんだと思います。極端な話、彼女の作品と出会わなければぬいぐるみじゃなくても良かったと思うんですけど、僕が実際に体験した感動だからこそ、ぬいぐるみをつくるということが自分の中でしっくり来ているんだと思います」と稲川さん。
新しいことへの挑戦は、自らの成長
12月8日まで開催中の陳列美術品制作所の展示「Forget the year party」を開いているのは、ブランドを立ち上げた当初から稲川さんを知る方がオーナーを務める雑貨店「tote(トート)」。同店では5年ぶりの展示となる今回、稲川さんは新しい試みに挑戦しています。
「これまでつくってこなかった、小さいサイズ(5cm〜)のぬいぐるみをつくっています。というのも、今までは極端に小さなサイズの作品をつくることをあえて避けていました。小さいサイズの物は古い生地などを使用すると裂けてしまいますし、普段使用している素材がサイズの問題で使えないこともあり、自分の作風をいかせないと決めつけていました」
それでも今回、あえて小さいサイズの作品をつくったのは「今までやらなかったことをやってみて、見ていただいた方の反応、つくってみて自分がどう感じるかを確かめてみたかった」から。ブランドの立ち上げ当時からお世話になってきたショップでの展示であることや、他のアーティストとのコラボレーションが新しい創作を後押ししたといいます。稲川さんは、過去にも女性ボーカルユニット・HALCALI(ハルカリ)のCDジャケットのアートワークを手掛けるほかに、アパレルブランドとのコラボレーションも経験。その度に「新しい可能性を感じる」のだといいます。
「コラボレーションは、普段一人で行っている作品づくりとは求められるものが違います。たとえば、HALCALIさんとのお仕事は動物のぬいぐるみを『オブジェ』としてつくるのではなく、CDジャケットという四角いフォーマットの中に“お弁当箱”をテーマにしたぬいぐるみを複数つくり、一つの『空間』をつくるというものでした」
普段とは違うものづくりをする度に「見せ方の幅が広がる」と稲川さん。今後の作品づくりの構想について次のように話します。
「今つくっているのは、空間の中に人がオブジェとして『置く』ぬいぐるみ。でも、これから一度つくってみたいと考えているのは、空間の中に人が『入り込む』ぬいぐるみなんです。まだイメージは固まりきっていませんが、たとえば床やテーブルなどの空間全体をぬいぐるみとしてつくるような。新しいことに挑戦するのはつらく苦しい時もありますが、自分自身の成長にもつながると思っています」
昔よりも現在の感性を信じる
作品をつくり始めて9年ほどになる稲川さん。最初の頃と比べて「(動物の)モチーフへの思いを作品に出せるようになった」と話しますが、「過去の作品にあって、今の作品にはないもの」もあるといいます。
「もちろん、技術は今のほうが上です。でも、昔の作品を見ると、形になっていないながらも今にはない迫力がある。とがっているというか、『ものをつくる』という行為が今よりストレートだったんだと思います」
その当時の魅力を「今も出せれば」と思う反面、「出そうと思ってもできない」とも話す稲川さん。ものづくりをする人たちが抱えがちな悩みについて、稲川さんは次のように考えています。