着る人が喜ぶスタイリング
華やかな舞台に立つ人たちを裏で支える職業の一つ、スタイリスト。生井ゆみさんもその一人で、人気アイドルグループのメンバーをはじめ、女優・モデル、女性アナウンサーなど、さまざまな著名人の衣装をスタイリング。毎日、たくさんの服に囲まれています。


生井さんの仕事の行程は、主に3つに分かれています。まずは、スタイリングする人の衣装を数あるブランドの中から探し、借りてくる“リース”。次に、頭の先からつま先までをコーディネートする“スタイリング”の提案。そして、着くずれのチェックや衣装の変更などをサポートする“撮影現場”での作業です。リースでは全身のコーディネートを数パターン提案するために、数十点におよぶ服や小物を大きなバッグで運びながら移動。その後は時間が許す限りコーディネートを考え、時間の不規則な撮影現場で随時対応をし、出演者やカメラマン・ヘアメイクなど、多くの人と“一つのモノ”をつくり上げます。
「大事にしているのは“バランス”です。色・デザインもそうですが、“現場ごとの趣旨や情景に合っているか”“本人に似合っているか”という、全体的な兼ね合いですね。あとは、その時々のトレンド――今らしさを出せているか。でも、一番大切なのは、衣装を着る人が『着たい』と思うものであるかどうかだと思うんです。なので、私は現場の監督以外にも、本人になるべくヒアリングをするようにしていて。その上で、意外性のあるアイテムも入れるようにしているので『あ、こういう服もアリだな』と思ってもらえれば嬉しい。そこのバランスは本当に難しくて、たぶん永遠に悩むテーマなんだと思います。だから、組み合わせを考えているうちに徹夜しちゃいますし、予算が足りなければ身銭をきってでもコーディネートを増やしちゃう。今でも折り合いが付きません。でも、やっぱり着る人が喜ぶ衣装のほうが本人たちもテンションが上がって、いいものがつくれると思うんですよね」

スタイリストになった、きっかけ

子供の頃から服が好きだったという生井さん。「小さい頃は、母がつくってくれた服しか着ていなかった」と話します。
「最初は、服というよりも生地(テキスタイル)が好きだったんですよね。もう、2歳とか3歳の頃から、母にくっついて手芸店に行って『この生地がカワイイ』って言ってたみたいで(笑)。それで、一緒に選んだ生地を母が“服”という形にしてくれるのがすごい嬉しくって。それで、服が好きになったんです」
“服好き”が高じて、専門学校への進学後はアパレルメーカーに就職。販売職で店長を務めていました。その後は、前職の経験を生かして、イベント制作会社で衣装を集める仕事などを担当していました。そんな生井さんがスタイリストの道を進み始めたのは、2005年のこと。知人が「スタイリストを探しているから、手伝ってほしい」と、生井さんに声を掛けたことがきっかけです。
「スタイリストとして働いたことはなかったので、最初は断ろうと思っていたんです。でも、声を掛けてくれた知人が『あなたは服のことをよく分かってるから大丈夫』と言ってくれたことや、夫の知人のスタイリストの方が『できるわよ、服が好きなら!』と仰ってくださって。それで『じゃあ、大丈夫なのかな』とやってみたのが始まりです」
大好きな、服と人に囲まれて
そうして始まった、生井さんのスタイリスト人生。「最初の頃は、右も左もわからなかった」と当時を振り返ります。スタイリストのアシスタントを数年務めてから独立する、という経緯が一般的ですが、30代でアシスタント経験がない中、異色の独立。しかし、現在ではテレビ番組をはじめ、雑誌・広告・WEBなど、さまざまな仕事を手掛けるほどに。

「私は、与えられた環境がまずあって、後から努力をした人間で。本当だったら、もっとスマートにかっこよくできなきゃいけないことを、今も、もがきながらしているというか。いろいろなことで悩みますし。たぶん、その姿を『頑張ってるなー』と思った周りの方が拾ってくれるというか……(笑)。でも、最近、担当させていただいているアナウンサーの方と食事に行った時に『生井さんは、“自分が着せたい服”じゃなくて、“私たちが着たい服”を一生懸命考えて持ってきてくれる。それがすごい嬉しいんです』と言ってくださったんですね。それで、悩みが吹っ切れた部分があります」
それは、スタイリストに向けられた信頼の言葉。生井さんは、服を通じて、その向こう側にいるたくさんの人に囲まれています。
「右も左も分からなかった私が、こうして今もいろいろな仕事をさせていただけているのは、周りの人たちのお陰。本当に周りの方に恵まれているんです。これから、『生井に頼んで良かった』と思ってもらえるような仕事をもっと増やしていきたいなって思います。将来は、自分のショップを持つことができれば嬉しい。小さい頃からの夢なんです」






