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Monthly FACE 〜極める人々〜

國元孝臣さん(編集者)

Profile

1973年生まれ、東京都出身。銀行での勤務を経て、29歳の時に、祖父の代から続く「株式会社国元書房」を継ぐ。同社は、会計を中心にマーケティング・経済・経営・法律分野に関する専門書籍を発行。複数の書籍が「日経・経済図書文化賞」「日本公認会計士協会学術賞」などを受賞している。

突然始まった、編集者としての人生。

「いつか“そういう時”が来るかもしれない程度には思っていましたけど、父が60代後半…自分が40代になってからかな、と。その時はまだ、“継ぐ”ということを、積極的には考えていなかったです」

出版社「国元書房」の代表を務めている、編集者の國元孝臣さん。その編集者人生は、思いがけないタイミングで始まりを迎えます。大学卒業後、銀行員として働いていた國元さんは、生まれ育った東京から大阪へ転勤。法人への融資担当などをしていました。

「28歳のときに、父が急に倒れたんです。父は仕事ができるような状態ではなくて、代わりとなる社員はいない。自分も何をすればいいかわからなかったけど、父が仕事をお願いしていた人に助けていただきながら、なんとか仕事を進めました」

平日は大阪で銀行の仕事をし、土日は東京に来て父の代わりの仕事をこなす――そんな生活を約1年半続けて、29歳のときに正式に祖父の代から続く会社を継ぐことになりました。

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1953年に創業した国元書房は、会計を中心にマーケティング・経済・経営・法律分野に関する専門書籍を出版。複数の書籍が「日経・経済図書文化賞」「日本公認会計士協会学術賞」などを受賞しています。

「『国元書房』は自分が子どもの頃から、あって当然だった存在です。それを失くしたくもないし、だれかに譲りたくもない。だったら、自分がやるしかないじゃないですか。それに、自分で何か新しいことをやるチャンスは“今”だと思ったんです。ここでやらなかったら、一生後悔するだろうと」

形に残るものをつくる喜び

國元さんの編集者としての仕事は、一言で言えば“本をつくる”こと。しかし、一冊の本を出版するまでには企画の立案や、著者の作成した原稿の確認・推敲作業、誤った情報がないかなどの校正、ページや表紙のデザインイメージの作成、そしてデザイナーが制作したデザインなどのチェック、印刷所への発注、書店への営業活動など、さまざまな業務が発生します。

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思いがけず編集者として生きることになった國元さんは、会社を継ぐと決めた当時のことを振り返り「どうやって本をつくればいいのかわからないし、専門書籍の出版社なので書いてあることにも詳しくない。自分はやっていけるのか、という思いが頭をよぎりました」。周りの人に支えられながら5年ほどが経つ頃に、一通りの仕事をこなせるようになったと話します。

「初めて自分の手掛けた本が出たときは、書店に行ってお客さんが買うのを覗いたりしていましたよ(笑)。この仕事は、形に残るものをつくる喜びやおもしろさがあります。それに、本を必要とし手に取ってくれた読者の方をはじめ、専門家の人たちの参考文献として、自分のつくった本の名前が載っていると、社会の役に立っているんだと実感が湧く。だから、ハードワークでも頑張れるし、続けてこられたんだと思います」

出版社が存在する意味

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出版社として60年以上の歴史を持つ国元書房ですが、2013年には同社初めての試みとして、スマートフォン向けのアプリ「マンガでわかる簿記入門」をリリース。マンガやクイズを通して簿記の基礎知識を学べるというもので、1万ダウンロードを突破するなど好評を集めています(2014年4月時点)。

「数字アレルギーというか、会計や簿記は毛嫌いされている節があるんですが、社会にとって必要なもの。もっと親しみのあるものとして、世の中に広まってほしいと思っています。そこで、難しいイメージのある専門書ではなく、手に取りやすいマンガ・クイズのアプリをつくったんです」

学生をメインターゲットにした同アプリ。そのアイデアは、もともと出版や会計とは異なるフィールドにいた國元さんだからこそ、浮かんだものでした。國元さんは、学生時代から会計や簿記に親しむ人が増えることで、「日本がより良くなれば」と話します。

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「うちは昔からあるし、お固いイメージの会社なので、そこを崩してはいけないという思いが自分の中に強くあったんです。周りからも、そう言われていました。でも、本当にそれでいいのかなと、すごい悩んだんですね。というのも、自分にはやりたいことがあるんだと。会計や簿記というジャンルが、もっと多くの人にとって身近なものになってほしい。国元書房のつくったものが世の中の役に立ち、日本が世界がよくなってほしいと思っているんです。そのためには、自分がこの世の中に必要だと思うことをやろうと。そうしないと、世間にいいものを提供できない。そう思ったら、吹っ切れました」

こうして、会社としての新しい一歩を踏み出した國元さん。出版不況やデジタル旺盛が報じられる近年において、出版社の存在意義を次のように考えます。

「これだけインターネットが普及して本を読む人が減って、出そうと思えば著者一人で電子書籍をリリースできる。じゃあ、出版社がいる意味は何なのかといえば、読者からの信用に尽きると思うんです。一部のインターネットのように、確かなのか不確かなのかわからない情報を出さないと。そこは出版社の生命線ですよ。だから、本でもアプリでも、地に足をついたものをつくっていくと。時代が変わっても、そこは変わらないですね」

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