音楽に合わせて描く“ライブペインティング”
ライブペインティングパフォーマー・絵描きとして活動している、近藤康平さん。近年、NHKネットコミュニケーション小説「雲をつかむ少女」の挿絵を担当したほかにも、ファッションブランドとのコラボレーション、CDジャケットや書籍の装丁、舞台美術を手掛けるなど幅広い活動で注目を集めるアーティストです。
近藤さんの絵の特徴は、作品の大部分を筆ではなく自らの手・指を使って描き上げていること。なかでも、音楽に合わせて即興で絵を描くライブペイントは同氏の代名詞。ミュージシャンが生演奏をするかたわら、自らの背丈ほどある大きなキャンバスに向かい、時にダイナミックに、時に繊細に、筆と化した“手”を動かし絵を完成させるものです。これまでに、坂本美雨さんや木暮晋也さんら著名ミュージシャンをはじめ、さまざまな音楽アーティストと共演してきています。
「もともと音楽がすごい好きで、友人のバンドマンと『“音楽”と“絵”で何か一緒にしたいね』と話していたのがきっかけでした。当初は、自分はステージに立たずに作品をステージに投影する形を考えていましたが、機材などの準備ができないまま当日になってしまって『ごめん、ライブペインティングで!』って(笑)。でも、やってみたら、すごい楽しかったんです。特別な機材も技術もいらなくて、キャンバスを用意して描けばいいだけ。大きい絵を描くという単純な楽しさと、(曲に合わせて即興で描くので)自分でもどんな絵が現れるのかがわからない―その感覚をお客さんと共有できるのが楽しくって。共演するミュージシャンの方によって、でき上がる作品の雰囲気が違うんですよ」
浮かんだ景色、手と指でダイレクトに。
筆を使わず、手・指で絵を描く独特のスタイルはライブペインティングから生まれたもの。人生初のライブペインティングでは筆やペンを使っていた近藤さんですが、2回目からは手で描くようになったといいます。
「僕は、音楽を聴いて自分の中に浮かんだ景色を描いているんですが、曲の雰囲気が変われば、その景色も変わっていく。その時、筆だと動作がワンテンポ遅くなってしまうんです。筆のほうがきれいなラインにはなりますが、身体性が断然違いますし、何より“ダイレクト”に描けるということが、僕にとっては重要なんです」
自らの手・指で描くスタイルは、ライブペインティングだけではなく、展示作品でも同じ。細かいモチーフを描くときこそ筆を使いますが「なるべく自分がコントロールしていないものを作品に出していきたい」と話すように、手や指を使って無作為に絵の具を広げます。そして、絵の具の軌跡が描いた模様によって浮かび上がった景色を作品として仕上げていきます。
近藤さんが1年で発表する絵は、ライブペインティング・展示作品あわせて約250点。個展は年に4回のペースで行うなど、ハイペースで制作を行っています。展示場所は、いわゆる商業ギャラリーではなく、そのほとんどがカフェギャラリー。
「ギャラリーは絵を目的とする人たちが訪れる場所。でも、カフェギャラリーは違う。今まで絵を買ったことがない人たちに、絵を見て・買って・飾る喜びを知ってもらえればうれしいです。日本では絵を買うことの垣根が高く思われがちだけど、そんなことはないと思っていて」
絵がなにかをつないでいくように。
絵を飾ることの喜び―それは、彼自身の身にしみている感覚でもあります。もともと、絵本の編集者として働いていた近藤さん。絵本の原画展に足を運んでは、小品を購入していたといいます。
「絵は、飾れば毎日目にするもの。壁に絵があるだけで、その空間の雰囲気がわあっと変わりますよね。季節や気分によって絵を変える楽しさもありますし。そういう楽しみ・喜びを知ってもらえればうれしいです。『絵を買う』という文化を少しずつ育てていければ」
近藤さんは、小さいサイズの作品の価格を約1万円から設定。その価格設定には「ファッションや音楽のように、気軽に買える絵のあり方でいたい」という思いが込められています。
さまざまな形で作品を発表し続けている近藤さん。2014年には、東京スカパラダイスオーケストラのドラマー茂木欣一さんが在籍するバンド・フィッシュマンズなどの名だたるミュージシャンをサポートしてきたギタリスト木暮晋也さんと、ユニット「CANVAS BAND(キャンバスバンド)」を結成。絵と音楽が融合した新しい形の表現を突き詰めている最中です。
「ライブペインティングでも展示でも“現場”が好きなんです。絵を見てくださる人とのコミュニケーションであったり、自分の絵を通じて人と人がつながっていったりするのが、すごい好きで。こんな時代だから殺伐としがちで、いろいろなものが消費されてしまっていくけど、その中でこそ、手応えを感じられる活動をしていきたい。そう思うんです」