自動車ディーラーから写真の世界へ
古谷勝さんは、スチール撮影の中で“花形”とされる雑誌の表紙写真を手掛けるなど、編集者たちから厚い信頼を寄せられるカメラマンの一人。第一線で活躍する古谷さんが写真の世界に足を踏み入れたきっかけは、意外にも自動車ディーラー時代の“とある経験”だったといいます。
「自動車を納車するときに、お客さまと車のツーショットを記念に撮ってプレゼントしていたんです。大きい買い物をしたからか、みなさんとてもいい笑顔で。最初はそれこそレンズ付きフィルムで撮っていましたが、こんなにいい顔をするんだったら、もっといいカメラで撮って写真を差し上げたいと思うようになって」
そうして、初めて自分のカメラを手にした古谷さん。「一つのことに夢中になると、徹底的に入り込んでいくタイプなんです」と話すように、写真の世界に傾倒していきます。
「写真を通じて生まれる関係がおもしろかったんです。自分はもともと人見知りする部分がありましたが、“撮影”などを理由にして人とコミュニケーションを取れるのが楽しくて。そこから、写真を仕事にしていくことをだんだん意識し始めました。『これを読めば、あなたもカメラマンになれる!』っていう触れ込みの、全80巻くらいの本を買って読んだり(笑)。でも、ターニングポイントになったのは、カメラマンのお客さまとの出会いでした」
写真の世界への転身を図るも、どうすればいいのか分からずにいた古谷さん。自動車ディーラーに客として訪れたカメラマンに勧められたのは、とある写真の専門誌でした。そこに載っていたのは、カメラマンのアシスタント募集。応募しても「未経験者はお断り」という返事ばかりでしたが、「まずはスタジオに勤めるのがいい」と勧められ、都内の撮影スタジオに入社。初めてカメラを買った日から約2年、23歳で新たな世界に飛び込みます。
写真を介在したコミュニケーション
撮影スタジオでの2年間の修業期間を終えた古谷さんは、その後、ファッションカメラマンのアシスタントを務めることに。そこで、自分の作品が世に出ることの喜びを味わいます。
「雑誌のタイアップ広告の写真を『古谷が撮れ』と師匠から言われて。後で知ったことですが、そのタイアップ写真は師匠のアシスタントが代々撮ってきたものだったんです。自分の撮った写真が編集の方に気に入られて、ページにクレジット(名前)を入れてもらえたのですが、雑誌に自分の写真と名前が載ったときの喜びはいまだに忘れられません」
その後、2004年に独立した古谷さん。出版物や広告物など、さまざまなメディアのスチール撮影を行っています。ファッションやスポーツ写真を軸にしながらも、ジャンルを選ばずに活動しているのは自動車ディーラー時代に味わった“写真を通じてのコミュニケーション”があってこそ。
「撮影現場には被写体をはじめ、編集者やライター・ヘアメイク・スタイリストなどの制作チームのほかにも、クライアントなど他業種の人が大勢集まります。普段、自分とは異なる仕事をしている人たちと出会い、話をして、一緒に一つのものをつくっていく。それが楽しいんです」
“一瞬”に魅せられてシャッターを押す
古谷さんがカメラマンとして信頼を集める理由の一つは、確かな撮影技術はもちろん、“一瞬の表情”を切り取る力が評価されてのこと。
「モデル撮影なら、ベテランならベテランであるほど、シャッターのタイミングを向こう側でつくってきます。何も言わずとも『ここで撮って』というのが分かるように、表情やポージングをする。その表情ももちろんいいんですが、自分は『ここで撮って』から『ここで撮って』に移る間の一瞬にだけ見せる、自然な表情や動きにいいなと感じるんです。たとえば、きれいな空を見ていたら、視界を一瞬、鳥が横切ったときの感覚に近いかもしれません」
今後の展望の一つとして、「自分が興味を持った人のプライベートに入り込んで、ひたすら写真を撮ってみたい。それこそ、自分がそこにいないと感じられるほど、被写体の自然な部分を」と話す古谷さん。その背景にあるのは、人を好きだと思う気持ちです。
「どんな被写体でも、撮っているうちにその人のことを好きになっていきます。ファインダー越しにその人と向き合っているうちに、一人一人が持つかっこよさ・かわいさ・きれいさが、だんだん見えてくる。それは、写真にも映し出されるんです。人の魅力や考え方などの本質が垣間見えたとき、おもしろいなと思います。ファインダーを通じて人を見れば、そういう部分がよりスムーズに見えるのかなって。写真もそうですけど、人間そのものがすごい好きなんです」