クラブ・エス ウェブマガジン

Monthly FACE 〜極める人々〜

廣瀬慶二さん(建築家)

Profile

1969年生まれ、兵庫県出身。神戸大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。一級建築士、一級愛玩動物飼養管理士。設計事務所ファウナ・プラス・デザイン代表。ペット共生住宅の専門家として、海外でも知られる。「住まいのリフォームコンクール」国土交通大臣賞受賞(2008年)。著書に『へぐりさんちは猫の家』(幻冬舎)、『ペットと暮らす住まいのデザイン』(丸善出版)がある。

オフィシャルHP

日本の住宅は動物と住む場所として未完成

総合資格学院の神戸校で講師を務めている、建築家の廣瀬慶二さん。設計事務所ファウナ・プラス・デザインの代表で、ペット共生住宅の専門家として住宅の設計・デザインを手掛けています。15匹の猫と5匹の犬、そして3人が暮らす(※2008年当時)「へぐりさんち」の設計・デザインをしたことでも知られており、2014年には同住宅のことについて書いたフォト・エッセイ『へぐりさんちは猫の家』を出版。斬新かつユニークな室内と、猫たちが幸せそうにいきいきと暮らす姿などが話題を呼び、Amazonのベストセラーランキング(「建築」「ペット」カテゴリ)で第1位を獲得するなど、好評を得ています。

イメージ

廣瀬さんがペットと快適に暮らせる住宅をつくろうと思ったのは、「日本の住宅が犬や猫と住む場所として、まだでき上がっていない」と感じたからだと話します。猫を例にすると、近年、完全室内飼育が主流となってきており、75%以上の家庭で猫が外に出ないように気を付けているというデータが、一般社団法人ペットフード協会から発表されています。

イメージ

「以前は飼い猫でも家の中と外を行き来していましたが、完全室内飼育に移行することで最近の猫は20年近く生きられるようになってきました。同時に、室内飼育が増えたことで動物を含めた家族の形・生活の形が変わってきたにもかかわらず、住まいの形は変わらないまま。住宅がペットとの暮らし方に追いついていないのです」

フィールドワークで目にした“ペットとの暮らし”

住宅がペットとの暮らし方に追いつけていない―それは、廣瀬さんが10年以上続けているフィールドワークで、実際にペットと暮らす家庭の様子を自分の目で見て感じたものでした。一般的に、雑誌などに掲載されている家の中の写真は、室内を片付けてから撮影したもの。きれいに見えるように整えた状態のために生活感がなく、どのような暮らしをしているかは不透明です。そこで廣瀬さんは膨大な数のフィールドワークを行うことによって、ペットがいる家庭の暮らしがどのようなものかを把握していきました。

イメージ

「極端な例になりますが、猫の多頭飼いをしている人の家は、家中が傷・オシッコだらけの状態でした。複数の猫が心地よい距離感を保てるスペースが確保できていないのと、住宅の設備から起こる問題です。たとえば、猫のトイレ専用の置き場所は家の中にはありません。洗面所や、人間のトイレに置かれており、“仮置き”の状態なのです。しかし、家は猫にとって20年近く、その一生を過ごす世界。これまでのような応急的な設備で対応するのではなく、住宅そのものが変化して、恒久的な造りにするべきだと感じました」

廣瀬さんが手掛ける猫との共生住宅では、猫のトイレ専用の置き場所をつくっており、猫砂が散らばらないように通常の床から一段下げたところに防水床をつくるなど、工夫されています。ほかにも、頑丈な爪研ぎ柱、掃除のしやすいご飯&水飲み場、壁を利用した猫用の階段と、それに通じるジグザグのキャットウォーク・猫用の窓など、猫の問題行動を回避し、人間にとっても手入れなどがしやすいアイデアが盛り込まれています。

ペット大国のこれからの住宅の形

2000年に独立し、現在の会社の前身となる設計事務所を立ち上げた廣瀬さんにとって、一つの集大成と呼べる存在になった『へぐりさんちは猫の家』。そこから、さらに試行錯誤を繰り返して改良を重ねるなど、廣瀬さんのつくるペットとの共生住宅は年々進化を続けています。

イメージ

「ペットと人間が暮らす家の形は、いまが過渡期。僕がやっていること、つくっているような家の形が普通になればいいと思っています。なので、マネをしてもらって構いません。たまにびっくりするくらい、そのままのものもありますが(笑)。苦労してつくっているものなので、自分よりもいいものをつくる人が出てきたら嫉妬するでしょうね。でも、まだそういう人を見ていないし、自分自身まだまだ新しいものをつくっている途中です」

15歳未満の人口よりも、飼育されている犬と猫の合算数のほうが多いペット大国の日本ですが、その一方で、さまざまな理由で保健所に持ち込まれてしまう犬や猫もいます。廣瀬さんがつくる家のように動物と人間が共に幸せに暮らすことができれば、不幸な動物は減っていくはず。

イメージ

「猫は、“裸足の子供”です。昔なら、猫は暑ければ縁の下に入って涼むことができました。でも、最近の家は高気密・高断熱で涼めるところがありません。なので、僕がつくる家では、冷たい場所も意図してつくるようにしています。人間は気温によって服を着たり脱いだりすればいいですが、猫はそれができません。それなら、人間がちゃんとなにかを用意しないといけませんよね。僕の事務所を訪ねてくださるお客さんは、そういう意識を持っている人たち。僕と同じように、いまの住宅の形を変える必要性を感じているんです」