スポーツウェアデザイナーからの転身
「Kaleidoscope's History」
「Kaleidoscope's History」
万華鏡の世界大会「Brewster Kaleidoscope Society Convention(ブリュースター・カレイドスコープ・ソサエティー主催のコンベンション)」で3回連続を含む計4度、最優秀賞を受賞している中里保子さん。以前はフリーランスのスポーツウェアデザイナーだった中里さんが万華鏡をつくり始めたのは、ステンドグラスの絵付けを行う専門学校へ通ったことがきっかけでした。
「余暇の息抜きを探していて、たまたま新聞で目にしたのがガラスの絵付けを学べる専門学校の生徒募集でした。見学に行くと、学生が有名な教会のステンドグラスの模写をしたりと本格的。中学生の頃にガラス工芸家のエミール・ガレが好きだったのですが、その記憶がよみがえりました」
「WA 2011」
7年ほど、いろいろな習いごとをしてきたものの、どこか飽き足りないものがあったと話す中里さん。しかし、このときは「見付けちゃったと思いました」。万華鏡との出会いは、夏休みの間に行われた特別授業。海外製のキットを用いて初めて万華鏡をつくり、「こんなにきれいなものがあるなんて」と驚き、感動したといいます。
専門学校を卒業後も、職場の同僚の結婚祝いなどに万華鏡をつくってプレゼントしていた中里さん。デザイナー業のかたわら、万華鏡を一生懸命つくる姿を見ていた知人から、その存在を教えてもらったのをきっかけに「日本万華鏡倶楽部」に入会します。翌2000年、中里さんは同会が主催した「日本万華鏡大賞展」で、初めて“作品”としての万華鏡を制作。雪をイメージしたその作品は、北海道賞に入賞します。万華鏡をつくり始めて、わずか2年での受賞でした。
デザイナーの経験が生きた万華鏡づくり
「スターファクトリー」
「スターファクトリー」
「日本万華鏡大賞展」での入賞を機に、コンベンション参加の招待やギャラリーからの展示依頼など、いくつものオファーが中里さんのもとに舞い込むようになります。デザイナー業と並行して万華鏡をつくっていたこともあり、多忙を極めていましたが、2006年には万華鏡の世界大会に初出展。そのときに感じたことが、後の中里さんの制作への取り組み方を大きく変えていきます。
「他の人の作品からは、長年万華鏡をつくってきたことによる、確固たるものを感じられました。当時も自分なりに精一杯つくってはいましたが、『自分がどうしたいのかもわからないまま、ただつくっていたんだな』と痛感して。来年も参加するなら、拙いなりにも『こうなんです』と言えるものをつくろうと思いました」
そこで中里さんが取り組んだのは、コンセプトやカテゴリー、メインカラーを決めるなど、デザイナー業同様に、作品づくりのプロセスや着地点を明確に設けることです。そして、2007年の世界大会では「最優秀賞」を受賞。スポーツウェアのデザインの仕事を辞め、万華鏡作家として独立して数カ月後のことでした。
「今まで、アイデアを溜めておく手帳に書いていたのは、スポーツウェアのことばかりでした。それが、だんだんと万華鏡のメモばかりになっていって。自分のなかで、ウェイトが変わっているのを実感したんです」
夜が明けるほど、夢中になれる
3年ぶりに開かれた2010年大会でも、中里さんの作品は「最優秀賞」に輝きます。2011年の大会では、親交のあった万華鏡コレクターで業界を牽引してきたコージー・ベーカーさんや、中里さんの飼い犬が亡くなってしまったことなどから、命をテーマにした作品を準備。しかし、東日本大震災の惨状を目の当たりにし、そのテーマを作品で語ることができなくなってしまったといいます。
一時は大会への参加をやめようとも考えましたが、東北で被災した知り合いの作家が参加することを知り、「私がへこたれていられないと思いました」。3分の2ほど完成していた作品を一からつくり直すことを決意するも、何をつくればいいかに悩む日々。朝方まで作業場で模索していたある日、朝陽を受けてきらめく水色のガラスに心を奪われました。
「Aqua」
「コージー・ベーカーさんからのメールには、いつもメールの最後に『happy colors』という言葉が添えられていました。そのとき、私には水色のガラスが『happy colors』に見えたんです」
「Aqua」
「Aqua」
それまでは、コンセプトを決めて形の構想もしっかりつくってから万華鏡を制作していましたが、その作品には題名も考えず、気持ちの赴くままに制作。「Aqua(アクア=水色)」と名付けたその作品で、中里さんは世界大会3連覇という偉業を成し遂げます。
作品をつくるとき、ガチガチに構えずに自分がつくりたいものをつくればいいんだと思えた――当時を振り返り、中里さんは話します。デザイナー時代から、真摯に、一生懸命ものづくりをしてきたからこそ、たどりついた境地です。
「生みの苦しみって、よく言うじゃないですか。確かに万華鏡をつくるときも、考えて、考えて、考え抜くんですけど、楽しいんですよ。好きなことをしているから、夜が明けてもつらくないんです。気負わない作品づくりを体験させてくれた、『Aqua』のお陰です。万華鏡は、創意無限。私のなかで、これに勝る楽しさはありません。ライフワークです」