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Monthly FACE 〜極める人々〜

磯貝 英之さん(べっ甲職人)

Profile

1961年生まれ、宮崎県出身。有限会社黒木農園代表。1930年頃に創業した黒木農園の3代目。2代目である父の辰美さんの長男として生まれる。地元の高校を卒業後、東京農業大学に進学。その後、種苗会社の育種農場勤務を経て宮崎に帰郷した。一般社団法人日本種苗協会の宮崎県支部長を務める。

宮崎の地に健康で丈夫な苗を

「植物の生育は、苗作りでその半分が決まるといわれているんです」- 温暖な気候で野菜栽培に適した宮崎県において、農家や、園芸を趣味にする人たちから厚い信頼を寄せられている農園があります。それが、黒木真一郎さんが3代目を務める「黒木農園」です。花や野菜の苗を中心に栽培している黒木農園は、花・野菜の行商をしていた黒木さんの祖父・定一さんが1930年ごろに創業。日々の徹底した管理の下、健康で丈夫な苗を育てています。

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幼いころから、植物は身近な存在だったという黒木さん。小学生のころは、植物の種を袋に詰めるなど家業の手伝いをし、自由研究では毎年のように植物をテーマにした研究を行い、3メートルを超えるヒマワリを育てていたほど。

「思い出深いのは、シダ植物の研究で小学6年生のときに金賞を取ったこと。息子が植物に興味を持つ姿がうれしかったのか、父が一緒にシダ植物を採取してくれたり、植物に関することはいろいろと熱心に教えてくれました。思い返すと、自由研究は父が少し出しゃばっていたと思うくらい(笑)。それと、当時は店舗と居住スペースが一緒になっていたことから、祖父や父が食事の途中でもお店に出て接客する姿を見ていました」

そんな黒木さんですが、中学生のころは教師を目指していたそう。親からも家業を継ぐように言われることはなかったそうですが、高校2年生の時に転機が訪れます。

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数よりも質を重視

「祖父が亡くなったんです。葬儀には、祖父を慕ってたくさんの人が訪れてくれました。『花や野菜を通じて、祖父はこれだけたくさんの人に慕われていたんだ。それだけ多くの人に喜びを与えられる仕事なんだ』と思い、同じ道に進もうと決めたんです」

そうして、黒木さんは東京農業大学の農業経済学科へと進学。在学中は、長野県の野辺山高原にある農家に一週間ほど泊まり込み、高原キャベツの収穫を手伝うなどの農業研修に参加。ほかにも有名生花チェーン店や、ホテルで部屋に飾るための花を生けるアルバイトをするなど、植物に関する知識・経験を積極的に求めていきました。大学を卒業した後は、植物の種苗を扱う企業に入社。同企業の研究用の農場で働きます。 「多いものでは一つの野菜を30品種ほど育てて、どの品種が病気に強いかなどを比べていました」

会社勤務を経て、20代のうちに宮崎県に帰郷した黒木さん。両親の元で、栽培に適した土の作り方や、各植物の栽培方法などを覚えていきます。

「跡を継いだのは、自分が35歳のとき。父はまだ現役でしたが、早めに経営の勉強をした方がいいだろうと。大切にしているのは、小さいころから祖父がずっと話していたこと。『商売は信用が大事だ。築くのは何十年もかかるが、失うのは一瞬だ』。その気持ちを忘れずに、これまでやってきました」

黒木農園の信頼とは「健康で丈夫な苗」そのもの。そのため、黒木さんは植物の種類や品種ごとに、水の量や水をあげる時間帯、ビニールハウスの温度調節、肥料の使い分けや、植物の状態確認などを細かく管理しています。

「あとは、苗を育てるときには株間(植えられた株と株との距離)が重要になります。植物は、一つ一つの苗の間隔が短いと栄養を奪い合ってしまう。株間を広くすると育てられる数は少なくなりますが、その分、丈夫な苗に育つんです」

苗は我が子のような存在

数より質を重視する、黒木さんの苗作り。長年にわたって蓄積された知識と経験が、人々の信頼に結び付いています。しかし、黒木さんはそれでも「毎年が一年生のつもりで、仕事に臨んでいる」と話します。

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「種苗の育成にはどうしても自然が絡んできますが、天候を完全に読むことは難しい。天候によって植物の育ち方が変わってくるので、注意深く観察して、その都度、対応していくことが大切なんです。それと、自然災害もあります。この10年ほどは台風が直撃することはありませんでしたが、ビニールハウスで育てていた苗を倉庫に運んで、台風が過ぎるまで苗と一緒に倉庫の中にいたこともあります。そういった経験から、台風の時季に作物を育てないように計画的な栽培をしています」

現在、野菜だけでも種から100品種以上を育てている黒木さん。花を含めると、苗から仕入れて育てるものも合わせれば年間400品種ほどの植物を取り扱っています。毎日の管理は大変ではあるものの、植物が育っていくのを見るのが幸せなのだといいます。

「植物を育てるのは、子育てに似ているんです。子供も、親が何から何までしてあげるとうまく育たないですよね。その子本来の力を発揮できるような手伝いをする。それぐらいがいいと思うんです。植物も同じで、ただ水や肥料をあげているだけではダメ。苗の時代をしっかり育ててあげれば、あとは自分で根を伸ばして、太陽の光と水を吸収して、どんどん育っていくんです。だからこそ、苗は丈夫で健康であることが大切です。うちの苗を買った方から『よく育ったよ』という喜びの声を聞くと、うれしくなりますね。それが、この仕事の一番の醍醐味(だいごみ)です」

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