始まりは、子供に作った1杯だった
夏を代表する“涼”の一つ、かき氷。2011年にオープンした「ひみつ堂」は、下町情緒あふれる台東区・谷中にあるかき氷店。果物や野菜を使ったひみつ堂手作りのみつ「純粋氷蜜(ひみつ)」をたっぷりかけた独自のかき氷が評判を集めています。お店のドアを開けて目に入るのは、昔ながらの手動式かき氷機。店主である森西浩二さん自ら、日光にある氷の蔵元「三ツ星氷室」の天然氷をかき氷機でシャリシャリと削っています。
一般的には夏がシーズンのかき氷。しかし、同店は四季折々の「純粋氷蜜」を楽しめることもあり、シーズン外でも行列ができるほど年間を通してたくさんの人々が訪れています。そんなひみつ堂の人気の背景をたどっていくと、森西さんが自身のお子さんに作ってあげていたかき氷の存在がありました。
「夏の縁日でお祭りに行くと、子供が必ず食べたがっていたのがかき氷。シロップで青くなった舌を、楽しそうに『ベー』と見せてくれていたものです。自宅では、家庭用のかき氷機でかき氷を子供に作ってあげていました」
もともと飲食店で働いており、子供にはたい焼きなど自家製のおやつを作っていた森西さん。その後、料理好きが高じて今お店にあるかき氷機のうちの1台を購入しました。このころから、「搾ったグレープフルーツなどの果汁をシロップ代わりにかけるなど、蜜は手作りしていた」と森西さんは言います。
「バーベキューにかき氷機を持って行くと、知らない人たちから声を掛けられるんです。お金をもらうわけにもいかないので無料でかき氷を差し上げると、あちらはビールやお肉をくれたりしてね(笑)。そのうち、子供の保育園のイベントでもかき氷を振る舞うようになりました」
会社員から、かき氷店の店長に
森西さんがかき氷を作っていることを知った地元の商工会議所のメンバーに「花火大会でかき氷店を出店しないか?」と声を掛けられたのが、森西さんの一つの転機となります。イチゴで作った自家製の蜜を200人分持って行ったところ、かき氷は完売。それから地域祭りなどにも出店するようになっていきます。
「秋祭りでは7杯しか売れないようなこともありましたが、夏は行列ができるなどよく売れました。やはり、目の前で手動式のかき氷機を使って氷を削るということと、手作りの蜜で、というのがウケたのだと思います。今では手作りの蜜を使っているお店もありますが、その当時(※7年ほど前)は物珍しかったので」
出店するにあたっては、仕事を早退して2日ほどかけ、蜜の仕込みをしていた森西さん。毎週のようにイベントに出ていたこともあり、勤めていた会社を辞めて独立することを考えるようになりました。
「仕事を早退して週末のイベントに出店する、という生活を丸2年続けたのですが、会社に迷惑を掛けるのが申し訳なくて。決して潤沢な資金があったわけではないので、当初は屋台やケータリングという移動販売を考えていましたが、せっかくなら…と土地を探していたところ、今の場所とご縁があったんです」
人の思いが込められた蜜と氷で
三ツ星氷室の天然氷との出会いは、ひみつ堂をオープンして間もないころのこと。同業者の知人から、氷の切り出し作業の手伝いに誘われたことがきっかけでした。
「機械だと、12〜48時間くらいで氷が出来上がります。でも、天然氷というのは外気で2週間以上かけて、じっくり固めていくもの。その分、密度が濃く溶けにくいのですが、とにかく手間がかかります。例えば、私が手伝った切り出し作業の時は雪が降っていました。雪が降っていると、積もった雪の温度で氷が溶けてしまうので、氷の上を雪かきし続けなければなりません。夕方、ひみつ堂の営業が終わってから日光へ向かって、午後6時ごろから翌日の午後2時まで作業をした日もあります」
天然氷は、不純物が少ないことも特徴の一つ。丹精込めて作られた天然氷は、手間暇かけて蜜を手作りしている森西さんにとって、かけがえのない出会いとなりました。
現在、4人体制で毎日12時間かけ、いくつもの蜜を仕込んでいるひみつ堂。人気メニューの「ひみつのいちごみるく」に使うイチゴは、蜜に合うように専用のハウスで年々改良しながら農家の方に作ってもらうこだわりようです。
「実は、20代の頃に市川猿之助さんの元に弟子入りをしていたのですが、その時の芸名が『笑雪(えみゆき)』でした。かき氷と雪…なんだか偶然ですよね。かき氷を作るのはとても楽しいし、性に合っているのだと思います。これからも、ずっと作っていきたいです」