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Monthly FACE 〜極める人々〜

シーラ・クリフさん(着物研究家)

Profile

1961年生まれ、イギリス出身。十文字学園女子大学教授。1983年にイギリスのロンドン大学を卒業し、別の大学に在籍していた1985年に来日。その後、テンプル大学日本校で英語教育の資格を取得。2002年には、民族衣裳文化普及協会から「きもの文化普及賞」を受賞している。著書に「日本のことを英語で話そう」(中経出版)

過去と現代が融合した街並みに引かれて

「年間365日、ほとんど着物を着ています」--そう話すのは、イギリス出身の着物研究家シーラ・クリフさん。十文字学園女子大学で教授を務めており、近代・現代の着物を考察した論文を数々発表しているほかにも、着物のファッションショーの企画・プロデュースをするだけではなく、モデルとしても参加。着物の魅力を国内外に発信しています。

イギリス出身のシーラさんが着物をこよなく愛するようになったのは、24歳のときのこと。当時のシーラさんにとって、日本は中国との区別がつかないほどの存在でしたが、知人に誘われたことをきっかけに興味本位で夏休みに来日しました。

シーラ・クリフさん

「日本の街のエネルギーはすごい、と感じました。新宿・原宿・渋谷・下北沢・吉祥寺…街の様子がとにかく面白くて。例えば、新宿は高層ビルや現代的な建物の合間に、突然、古いお地蔵さんが出てきたりする。過去と現代がごちゃ混ぜになっているのがすてき。地図も持たずに散歩をするのが楽しみでした」

着物との出会いは、焼き物を目当てに足を運んだ骨董(こっとう)市。色鮮やかな絹の着物がずらりと飾られているのを見て、シーラさんは心を奪われました。それからというもの、焼き物よりも着物への関心が強くなっていきます。

「初めて買ったのは、真っ赤な無地の長襦袢(じゅばん)。でも、友人が『それはペチコート(スカートの下にはく下着)のようなものだよ』と教えてくれたんです。『こんなに美しいものが下着だなんて!』と驚くのと同時に、着物への興味が一層湧いていったのです」」

ファッションは「自分は自分」というメッセージ

「小さいころからファッションが好きだった」と話すシーラさん。しかし、家族の反応は必ずしも好意的ではありませんでした。

シーラ・クリフさん

「黄色いベルボトムのパンツを履いて姉の家に遊びに行ったんです。ドアを開けて、私の服装を見た姉は『誰かに見られちゃうかもしれないから早く入って』と言いました。また別の日には、ヤギの革に刺しゅうを施したアフガンコート(カラフルなアフガン模様が特徴のロングコート)がどうしても欲しくて買ったんですけど、匂いがすごくって(笑)。車に乗っていたら、父がコートを脱がせてトランクに入れてしまいました」

ファッションへのこだわりには、このような理由がありました。

「私ね、双子なんですよ。妹がいるんですけど、小さいころって親は同じ洋服を着させたがるでしょう? すると、みんなが名前を間違える。それが嫌で仕方なかったんです。それで“自分は自分”というメッセージをファッションで伝えたかったのかもしれません」

ファッション好きなシーラさんが、日本に来て着物に引かれたのはごく自然なことでした。シーラさんは、夏休みだけのつもりだった日本への滞在を延長することに決め、昼は働き、夜は大学という生活を送りながら、テンプル大学日本校で英語教育の資格を取得します。その後、シーラさんはいくつかの大学で講師を務め、30歳で現在の十文字学園女子大学の講師となりました。

アノニマスじゃない面白さ

一方で、いとしい娘がある日突然、日本に行き、何年も帰ってこない。そんな状況を、シーラさんの親はどのように思っていたのでしょうか。

「私の父の世代は、日本というと戦争でのイメージが強く、いい印象を持っていませんでした。私はそういう父の反応を気に留めることなく日本へ行ったので、私からの手紙に父は2年ほど返事をくれませんでした。でもそんなある日、父が突然、母に『日本に行こうか』と言ったみたいで。その日から、父はボウルにピーナッツを出しては、はしでつまむ練習をしていたそうですよ」

遠い異国から自分に会いに来てくれた両親。シーラさんは、仙台・長野・京都・広島へと2人を案内しました。

「別れ際、父は私に『ごめんな』と言いました。日本人の優しさに感動したというのです。また、『景観が美しくゴミもない。街の中にある物が壊れていない。すてきな国だ』と。父は、私が小さいころからとても厳しく、『ごめん』だなんて言う人ではありませんでした。だからこそ、思ったのです。ああ、私のことを理解してくれたのだと」

日本文化を通しての親子関係の和解は、着物と日本への愛着を一層深めるものとなりました。約30年にわたって着物と接してきたシーラさんは、その魅力について次のように話します。

「着物は、私の先生です。着物が私に日本のことを教えてくれる。地方の産業や、模様の歴史など、全部着物から習いました。例えば、限られた土地でしか採れない植物からは、独自の染料が生まれます。また、各地方には昔から伝わる模様や柄がありますし、着物を見ればどこで作られたかが分かるようになっています。その土地や自然がデザインや工法に密着していて、アノニマス(作者不明)じゃない。本当に奥が深くて、調べれば調べるほど興味が湧いてくる。来日したときの夏休みが、ずっと続いている感覚なんです」

今後、着物のファッションショーを開催するなど、学術的以外の方面にも力を入れていきたいと話すシーラさん。2008年からの5年間は大学で働きながら、イギリスのリーズ大学で博士課程を勉強。「Revisiting Fashion and Tradition Through the Kimono.」という論文を発表しています。さらに、約30年にわたる着物との関わりをまとめた書籍が2017年に出版予定。50歳を超え、なおもその新しいことへと体を突き動かす原動力は、青い日々と変わらない飽くなき探究心です。

シーラ・クリフさん