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Monthly FACE 〜極める人々〜

中川稔進さん

Profile

1980年生まれ、茨城県出身。社会福祉士。大学時代から、桜町病院聖ヨハネホスピスでのボランティアスタッフとして参加。同ホスピスに勤めていた医師で、著書「病院で死ぬということ」がベストセラーになった山崎章郎氏に誘われ、「ケアタウン小平」を拠点に活動する、NPO法人コミュニティケアリンク東京にて働く。現在は同事務局長を務めている。 http://caretownkodaira.net/npo/

これからの日本を支える医療システム

東京都小平市にある「ケアタウン小平」を拠点としたNPO法人コミュニティケアリンク東京の事務局長を務める、社会福祉士の中川稔進さん。2005年に開設した「ケアタウン小平」は、医療・介護・住まい・配食などの機能を持つ複数の事業体が、チームとなって在宅ホスピスケアを展開する複合施設です。

同所では、訪問診療を行う「ケアタウン小平クリニック」をはじめ、自宅での看護を行う「訪問看護ステーション」、介護を必要とする人が通所してサービスを受ける「デイサービスセンター」、一人暮らし用の賃貸アパートなど、複数のサービスを敷地内で展開。約800万人に及ぶ「団塊の世代」が75歳以上となる2025年を目安に厚生労働省が進める「地域包括ケアシステム」をいち早く実践してきたことから、ロールモデルとして注目を集めています。

「地域包括ケアシステム」は、重度な要介護状態になった場合も、住み慣れた地域で最期まで自分らしく暮らし続けられるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援など、地域による包括的なサービス提供体制の構築を推進するもの。NPO法人「コミュニティケアリンク東京」では、ケアスタッフのほかにも20代から80代のボランティアスタッフに参加してもらうことによって、この活動を進めています。中川さんが医療・福祉の道に進んだきっかけもまた、大学時代に参加したホスピスでのボランティア活動でした。

青年の未来を拓いたのは、一冊の本

「大学時代に身内を亡くして。突然のことで、さよならも言えませんでした。当時18歳だった私に唐突に突きつけられた『死』は、いろいろなことを考えさせてくれました。特に印象的だったのは、出棺のとき。その日は地域の夏祭りが開かれていて、向こうからは祭りばやしの音が聞こえてきました。一人の人間の死は、身内である自分にとっては大きい出来事でも、世間からすれば大したことじゃない。そこで、生きること、死ぬことってなんだろう、と考えるようになったのです」

それからというもの、中川さんは大学で死生学の授業を受けるほかにも、生死をテーマにした本を読むようになります。「それでも、結局答えは見つからなかった」と中川さん。しかし、渋谷の書店で手に取った一冊の本が、中川さんの道を拓きました。

「『ケアタウン小平クリニック』の院長である山崎章郎が勤めていた桜町病院聖ヨハネホスピスの本に、ホスピスのボランティア募集中と書かれていました。頭で考えても分からないなら、実際にそういう場所に行っていろんなことを体験すればいいじゃないか。そんな風に思いました」

マスコミをはじめ、社会のなかでがん告知や延命治療のぜひが問われていた当時、人間の自立と尊厳を守るためのホスピス緩和ケアは、社会運動ともいえる取り組み。「先人の積み上げてきた活動が大きく花開き、注目を集め始めた頃でした。ホスピスで働く人たちは、ボランティアを含む誰もが『世の中にないものをつくっているんだ』という使命感を持っていて、自分も医療分野で働こうと決めたんです」と中川さん。大学卒業後は大学病院の医療事務に就きました。

一人一人の自己実現を支えたい

普段は大学病院の医療事務、休日はホスピスでのボランティア。社会人4年目には、「ケアタウン小平」の開設に伴い、山崎さんに誘われ現在の職場に。

「今の仕事は、医療事務をはじめとする総務です。事務仕事だけではなく、デイサービスの送迎を手伝うこともあります。ケアタウン小平チームの特徴は、地域に対してさまざまなケアを届けるだけではなく、それを通じて地域づくりを行いたいと考えていること。例えば、私たちの事業の一つに『子育て支援事業』というものがあります」

「ケアタウン小平」の中庭は、子供たちの遊び場としても開放しており、さまざまなイベントや授業協力を行っています。幼児から中学生まで、幅広い年齢層の子供が、ボランティアやデイサービスの利用者ら異世代と交流できる場となっています。

「私たちが行っているのは、『いろいろな世代の人にとって住みやすい地域になること』を目指す取り組み。その上で欠かせないのは、地域に住むボランティアの皆さんとの協働です。現在活動している100人ほどのボランティアは約半数が65歳前後の方です」

ボランティアの中には、「ケアタウン小平」のケアサービスを利用していた方の遺族が2割ほどいます。

「遺族の方たちがボランティアをする理由は故人が受けたケアへの感謝や、今度は自分がケアタウン小平チームを応援したいというもの。ほかにも動機は人によってさまざまですが、根っこにあるものは自己実現だと私は思うんです」

それは、自分をもっと社会の中で生かしたいという気持ちや、ボランティアを通じて新しい自分や他者とのつながりを発見したいという気持ち。中川さんは、より良く生きたいという思いを持つ人を支え、ボランティア活動がうまくいっている様子を見ることに仕事の喜びを感じるといいます。

「前に立って頑張る人がいれば、それを支える人も必要。何か一つのことを突き詰めるというよりも、ケアタウン小平のなかのあらゆる隙間を埋める総合的なサポートこそが、私の役目なんだと思っています」