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Monthly FACE 〜極める人々〜

中川稔進さん

Profile

1976年生まれ、東京都出身。駒沢大学を卒業後、5年間、塗料や化学製品の販売代理店に勤務。その後、父が創業した額縁・額装店「newton」で、額装家としてのキャリアをスタートさせる。現在は額装家のほか、展覧会の企画・運営や企画協力、アート作家のマネジメントも手掛けている。

「額装家」という仕事

東京・目黒区にある額縁・額装店「newton」。鷹箸廉さんは、父が始めたこの店の二代目として、さまざまな作品の額装を手掛けています。「額装」とは、簡単に言うと、額縁に収めたいものを実際に見て依頼者に一番良い方法を提案し、最終的な仕上げまで行うこと。newtonを訪れるお客様は一般の方からアーティスト、ギャラリー、デザイン会社まで、多岐にわたります。

「額装するものは絵画や写真などのアート作品もありますが、コインやメダル、ユニフォーム、刺しゅうなど、いろいろなものが持ち込まれます。アーティストやギャラリー、デザイン会社の方の場合は、『こういうふうにしたい』という意図がはっきりしていますが、一般のお客様は大まかなイメージを浮かべて来られますので、それを伺い、予算に合わせてご希望に近づけられるような提案をして仕上げます」

アートのプロと仕事をするとき、展覧会などの場合、作家が持つイメージを決まった予算の中で実現するのが難しいところなのだとか。一方、一般の人の場合、制約は少ないものの、額装店に頼むことで見え方が大きく変わるという良さについて、誠意をもって伝えるのが大切だと鷹箸さんは話します。

「額装は、いわば“作品にお化粧をしてあげる”ようなことだと思います。額の中に収められ、魅力が引き出された作品を目にすることで、いつもの生活に感動が生まれ、心も豊かになる。それを伝えるのが私たちの仕事です」

少しの工夫が作品の印象を変える面白さ

ご両親が始めた額装店を継いだ鷹箸さんですが、大学卒業後は5年ほど、一般企業で営業の仕事をしていたそう。

「店を継ぐことは決めていましたが、その前に一度、外の世界でいろいろなことを勉強したいと思ったんです。実家がこういう仕事をしていますし、姉も美術大学を卒業していたので、別の視点からnewtonを見られるようになりたいと考えました」

実は学生時代の鷹箸さんは、美術があまり得意ではなく、劣等感があったそうです。そして、大学では経営学を専攻。しかし、額縁ひとつで作品の雰囲気が大きく変わる、その仕事に面白さを感じ、また、お客様に喜んでもらえた時の喜びにやりがいを見出し、額装家として働き始めてからあっという間に10年以上が過ぎていきました。

newtonでは、リーズナブルな既製品からセミオーダー、フルオーダーの額縁、さらに立体作品を収められるアクリルフレームまで扱っています。しかし商品の在庫は置かず、発注を受けた時点で額縁が用意されます。さらにフレームと作品の間に入れる台紙である「マット紙」の色や素材も選定し、額縁に合わせてカット。そのすべてをどう組み合わせるのかが額装家の腕の見せどころ。額装する際には、額縁だけでなく、マット紙の使い方でも見え方が違ってくるのだそうです。

「作品を周りより浮かせた感じに見せるため、高さを出したほうがいいものもあれば、中を切り抜いてはめ込む方法を取ることもあります。選んだ額縁に合わせ、作品とのバランスを見ながら、マット紙をどんな色のどんな素材にして仕上げるかを考えることも重要なんです」

初心を忘れず、さらに広いフィールドへ

鷹箸さんは5年ほど前からnewtonでアート作品を展示する企画展を行っています。始めた理由は、入りにくいと思われがちな額装店へ、より多くの人に足を踏み入れてもらうため。確かに、作品に合った額縁を手にする、額装を依頼するというのは、ちょっと敷居が高いように感じられます。しかし企画展は功を奏し、これをきっかけに初めてお店に入ったという人も多かったとのこと。そうして始まった企画展が、今、newtonを飛び出し、外部の展覧会での企画協力やアート作家のマネジメントという仕事に結びついています。

「仕事の幅は広がりましたが、これまでと全く別のことをしているという感覚はありません。額装は作品をよりよく見せるためのアシスト役ですし、企画協力やマネジメントも作家の立場になってどうすべきかを考える仕事なので、“手助けをする”という点では同じです」

6月からは都内の家具店で、キュレーターとして1年間さまざまな企画を行っていくそう。新たな役割にも取り組む鷹箸さんですが、ベースにはいつも「額装家」としての思いがあります。

「アートや額装というのは、まだ特別なことと捉えられがちです。でも、音楽を聞いたり、洋服を買ったりするように、“暮らしを豊かにするためのもの”として、価値観を変えていければいいと思っています。そのためには、ちょっとしたことで作品の印象が変わり、見え方も変化するということを伝えていけるよう、仕事に取り組んでいます」